昭和五六年(た)第一号
決定
請求人 袴田巌
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 右請求人に対する住居侵入、強盗殺人、放火被告事件について、当裁判所が昭和四三年
九月一一日言い渡した有罪の確定判決に対し、右請求人代理人らから再審の請求があった
ので、当裁判所は、請求人及び検察官の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文
 本件再審の請求を棄却する。
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理由
第一 確定判決の存在及びその証拠構造
一 確定判決に至る経緯
 請求人は、昭和四三年九月一一日、静岡地方裁判所において、住居侵入、強盗殺人、放
火被告事件により死刑の判決言渡しを受け、控訴したが、昭和五一年五月一八日、東京高
等裁判所において、控訴棄却の判決の言渡しを受け、さらに上告したが、昭和五五年11
月一九日、最高裁判所において、上告棄却の判決が宣告されたことにより、右第一審判決
が確定した(以下、本件被告事件の裁判記録全部を「確定記録」という)。
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二 第一審判決
1 認定された(罪となるべき事実)は次のとおりである。
 「被告人は、昭和四〇年一月頃から清水市横砂六五一番地の有限会社こがね味噌橋本藤
作商店(判決宣告時は「株式会社王こがね味噌」に改組されている)に味噌製造工員とし
て勤務し、同年四月頃から、同商店第一工場二階の従業員寮一〇畳の間に他一人の従業員
と共に住み込んでいた者であるが、昭和四一年六月三〇日午前一時すぎ頃、同店の売上金
を、若し家人に発見されたときは脅迫してでも奪おうと考えて、くり小刀を携え右商店の
専務取締役橋本藤雄方(清水市横砂六五一番地の一)住居に侵入して金員
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を物色中、右橋本藤雄(当時四二年)に発見されるや、金員強取の決意を固め、右藤雄方
の裏口附近の土間において、所携のくり小刀(刃渡約一二センチメートル、昭和四一年押
第一五五号の四)で、殺意をもって同人の胸部等を数回突刺し、さらに、物音に気付いて
起きてきた家人に対しても殺意をもって、同家奥八畳間で、藤雄の妻ちゑ子(当時三九年)
の肩、顎部等を数回、藤雄の長男雅一郎(当時一四年)の胸部、頸部等を数回、同家ピア
ノの間で、藤雄の次女扶示子(当時一七年)の胸部、頸部等を数回、それぞれ前記くり小
刀で突刺し、次いで、右藤雄が保管していた有限会社こがね味噌橋本藤作商店の売上現金
二〇四、九一五円
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小切手五枚(額面合計六三、九七〇円)、領収証三枚を強取し、さらに右藤雄ら四名を、右
住居もろとも焼毀してしまおうと考え、同商店第一工場内の三画部屋附近に置いてあった
石油缶(昭和四一年押第一五五号の七)在中の混合油を持ちだして、これを、前記藤雄、
ちゑ子、雅一郎、扶示子の各被傷体にふりかけ、マッチでこれに点火して放火し、よって、
(一)右藤雄らが現に住居に使用しかつ現在する木造平屋建住宅一棟(約三三二・七八平
方メートル)を焼毀し、(二)右藤雄を、右肺刺創等による失血のため死亡せしめて殺害し、
(三)右ちゑ子を胸部刺創等による失血と全身火傷のため死亡せしめて殺害し、(四)右雅
一郎を胸部刺創
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等による失血と全身火傷のため死亡せしめて殺害し、(五)右扶示子を、心臓刺創等による
失血と一酸化炭素急性中毒のため死亡せしめて殺害したものである。」

2 確定記録によると、本件発生後、第一審判決に至るまでの経緯はおおむね次のとおり
である。
(一) 捜査当局は、焼け跡から発見された四名の死体に多数の刺切創があり、焼け焦げ
た各死体の着衣等に油臭があったこと、被害者方から現金入り金袋が持ち出された疑いが
あったこと等から、強盗殺人、放火事件の疑いが強いとして捜査を開始したが、現場の状
況、有限会社こがね味噌橋本藤作商店(以下「こがね味噌」という)が
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従業員に支給していた雨合羽等の遺留品、被害者宅南側裏のこがね味噌工場(東海道本線
を挟んで被害者宅裏口と相対しており、被害者宅裏口から工場正門までは約三一.八メー
トルの距離である)内の三ヶ所に認められた血液反応等から、犯人は、その前後に工場に
出入したことのある会社の内情に詳しい者との疑いを強めた。
(二) 請求人は、こがね味噌の従業員で、工場内二階の従業員寮に住み込んでいたもの
であるが、事件の四日後に請求人の部屋から発見された請求人のパジャマに請求人以外の
者の血液反応が認められたこと、請求人が事件直後左手中指を怪我していたこと、事件当
日寮内の自室に
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一人で寝泊りしていたこと等から犯人と疑われ、昭和四一年八月一八日に逮捕され、引き
続き拘留された。
(三) 請求人は、取調べに対し否認を続けていたが、勾留中の同年九月六日に至り、司
法警察員に対して本件犯行を自白し、同日、住居侵入、強盗殺人、放火罪で静岡地方裁判
所に起訴された。
(四) 請求人は、起訴後も同年一〇月一三日ころまで継続的に検察官や司法警察員の取
調べを受け、本件犯行を認める供述をしていたが、同年一一月一五日の第一回公判におい
て、本件犯行を全面的に否認し、以後、一貫して
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無罪を主張した。
(五) 検察官は、第一回公判の冒頭陳述において、請求人は前記パジャマを着て本件犯
行に及んだものであると主張していたところ、第一審公判係属中の昭和四二年八月三一日
に、味噌の搬出作業に従事していたこがね味噌従業員によって工場内の一号味噌タンク(以
下「一号タンク」ということがある)の中から大量の血液が付着したステテコ、半袖シャ
ツ、スポーツシャツ、緑色パンツ及びズボン(以下これらを総称して「五点の衣類」とい
うことがある)の入った麻袋が発見されたことから、これらの衣類についての捜査が行わ
れ、その結果、検察官は、
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同年九月一三日の第一七回公判において、右衣類は請求人のものであり、請求人は右5点
の衣類を着用して本件犯行に及んだものである旨主張を変更した。
(六) 検察官は、昭和四二年一一月七日の第二一回公判において、請求人の司法警察員
に対する供述調書二八通及び検察官に対する供述調書一七通の取調べを請求し、弁護人は、
右各供述調書について任意性がないと主張した。
 裁判所は、昭和四三年四月九日の第二八回公判において、右四五通の供述調書をすべて
証拠として採用したが、判決において、司法警察員に対する供述調書二八通はすべて任意
性に疑いがある旨、また、昭和四一年九月一〇日付け
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以降の検察官に対する供述調書一六通は、起訴後の取調べであるところ、その実態は任意
捜査とはいえず、このような取調べによって作成された供述調書は証拠とすることができ
ない旨説示して、いずれも証拠能力を否定し、右各供述調書について職権で証拠排除をし、
結局、請求人の検察官に対する昭和四一年九月九日付け供述調書(以下「九月九日付け検
察官調書」という)のみについて証拠能力を認めた[しかし、裁判所は、唯一証拠能力を認
めた右九月九日付け検察官調書を、判決の(証拠の標目)欄中に挙示していない]。

3 第一審裁判所が、前記罪となるべき事実を認定した理由
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の要旨は次のとおりである。
(一) まず、「九月九日付け検察官調書」以外の証拠によって、次の事実を認定できるとす
る。
(1) 犯罪事実の存在
イ 火災の発生とその結果
 昭和四一年六月三〇日午前一時五〇分ころ、橋本藤雄方から火災が発生し、同日午前二
時三二分ころ鎮火したこと、右火災により同人方の母屋が殆ど焼失し、焼け跡から家人四
名(藤雄、ちゑ子、雅一郎及び扶示子。なお、右四名の血液型は、藤雄がA型、ちゑ子が
B型、雅一郎がAB型、扶示子がO型である)
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が焼死体となって発見されたこと

ロ 右火災は放火によるものであること
@被害者らの着衣等に付着していた油を鑑定した結果、右油は、こがね味噌工場三角部屋
附近にあった一八リットル入り石油缶(昭和四一年押第一五五号の七)内の混合油と同種
のものと推定されたこと、
A右石油缶内の混合油が減少していたこと、
B右石油缶に人血の付着が確認されたこと
C四名の死体に数多くの切創等が存在していたこと等を総合すると、犯人は、工場三角部
屋付近に置かれてあった右石油缶内の混合油を持ち出して各被害者にかけ、
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これに火を放ったものであること

ハ 被害者らが殺害されたものであること
@ 四名の死体のいずれにも存する数多くの切創等の状況、A扶示子の死体付近から
発見された柄も鞘もついていないくり小刀(同押号の四.以下「本件くり小刀」という)、
藤雄方土間から発見された雨合羽(同押号の五)及び右雨合羽のポケットに入っていたく
り小刀の鞘(同押号の六.以下「本件鞘」という)についての捜査結果(雨合羽はこがね
味噌が情行員水田義高に支給したもので、同人はこれを同年六月二八日に着用した後工場
内に置いたこと、
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翌二九日は晴天だったので同人は雨合羽を着用しなかったこと、本件くり小刀と本件鞘と
が一致すること等)、B工場内の六ヶ所からルミノール陽性反応が認められ、うち三ヶ所に
A型及びA型らしいと思われる血痕の付着が認められたこと、C昭和四二年八月三一日に
こがね味噌従業員が味噌の搬出作業中に一号タンク内から発見した白色ステテコ(同押号
の九六)、白半袖シャツ(同押号の九七.以下「本件半袖シャツ」ということがある)、ネ
ズミ色スポーツシャツ(同押号の九八)、鉄紺色ズボン(同押号の九九.以下「本件ズボン」
ということが
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ある)、緑色パンツ(同押号の一〇〇.以下「本件パンツ」ということがある)の五点の衣
類及び右衣類が入っていた麻袋(同押号の一〇二。以下「本件麻袋」ということがある)
についての捜査結果(右五点の衣類に認められたA型等の血痕の状態、半袖シャツ、スポ
ーツシャツ、ズボンに認めれらた損傷の状態、特に、半袖シャツには右肩の二個の損傷部
を中心に内側から表へ染み出た状況でB型の血痕が付着していたこと、本件麻袋は、こが
ね味噌が一号タンクいっぱいに新しく味噌の原料を仕込んだ昭和四一年七月二〇日以前に
同タンクに入れられたもの
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と認められること等)、D工場内の三角部屋付近にある排水溝の中からAB型らしい人血が
付着したこがね味噌のネーム入りの手拭い(同押号の三)が発見されたこと、E請求人の
パジャマ上下(同押号の一)を鑑定した結果、上衣の左胸ポケット部分にAB型の、下衣
の右膝部分にA型の、上衣の左前下側等に血液型不明の人血が付着していたこと、F右パ
ジャマには、被害者らの着衣等に付着していた油ないし前記石油缶中の混合油と同種の混
合油が付着していたこと等の事実を総合すると、犯人は、一号タンクから発見された五点
の衣類を身につけ、その上に工場内
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にあった雨合羽を着て、本件くり小刀(当時は鞘もついていた)を所持して藤雄方の土間
に至り、そこでくり小刀を鞘から抜いて、鞘を雨合羽の右ポケットに入れてから、雨合羽
を土間に脱ぎ捨て、その後、被害者ら四名を右くり小刀で突き刺し、その際、被害者らの
血液が前記五点の衣類に付着したこと、犯人は、右くり小刀を扶示子の死体の近くに落と
して逃げたこと、犯人は、血液のついた右五点の衣類を着用したまま工場内に入り、風呂
場等を歩いたこと、さらに、犯人は、本件犯行から右五点の衣類を脱ぐまでの間に、何ら
かの原因で右肩に傷を負って出血
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したこと、犯人の血液型がB型であること、犯人は、工場内を歩いた後、右五点の衣類を
脱ぎ、請求人のパジャマを着て、石油缶から混合油を持ち出して放火に使用したこと等が
認められ、また、犯人は、工場内の事情に詳しい者であることが推測される。

二 金員奪取行為の存在
 @藤雄方寝室八畳間の夜具入戸棚の中にあった通称じんきち袋内に入っていた金袋九個
のうち三個が紛失し、そのうち二個は藤雄方裏口付近で発見され、そのうち一個に人血が
付着していたこと、A昭和四一年九月一三日、清水郵便局で差出人名の書いてい
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ない清水警察署宛の封筒一枚(同押号の四七.以下「本件封筒」ということがある)が発
見され、その中には、現金合計五万七〇〇円(同押号の四九ないし五三。札はいずれも一
部焼失しており、うち二枚の千円札にそれぞれ「イワオ」と書かれていた)と「ミソコウ
バノボクノカバンノナカニシラズニアツタツミトウナ」と書かれた便箋一枚(同押号の四
八。以下「本件便箋」ということがある)が入っていたこと等の事実を総合すると、犯人
は、右金袋三個を窃取または強取したが、うち二個を藤雄方裏口付近に落とし、一個の金
袋(現金八万二三二五円及び
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小切手二枚が在中していた)だけを持って逃げたことが認められ、右各事実によれば、前
記封筒入りの現金は、盗まれた金袋に在中していた現金の一部であって、何らかの事情に
より右現金を手に入れた者が、犯人が「イワオ」という名前の者であるか、少なくとも右
名前の者と重要な関係がある者だということを知って、そのことを知らせようとして札の
一部と便箋に、自ら前記のような文字を書いて清水警察署宛に投函したものであることが
推認される。

(2) 本件犯罪事実と請求人との結びつき
イ 一号タンクから発見された五点の衣類中、本件ズ
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ボンは、事件後の昭和四一年九月二七日ころに、こがね味噌の従業員寮から静岡県浜北市
の請求人の実家に送り返された請求人の荷物の中に入っていた端布(同押号の一〇三。以
下「本件端布」ということがある)と生地が同一種類であり、染色も似ており、さらに、
本件ズボンと本件端布には一致する切断面が存すること等から、本件端布は、本件ズボン
のとも布であって、本件ズボンは、請求人のものと断定することができ、また、本件パン
ツは、請求人の同僚九名が、本件以前、請求人が緑色のパンツをはいていたのを見ており、
こがね味噌従業員のうちで緑
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色系統のパンツをはいている者は請求人以外には見たことがないと述べていること等から、
請求人のものである疑いが極めて濃厚であるうえ、本件ズボンとパンツを含む五点の衣類
が一緒に脱いだ形で本件麻袋の中に丸めて入れられていたことと合わせて考えると、スポ
ーツシャツ、ステテコ、半袖シャツも請求人のものと推認することができる。

ロ こがね味噌の従業員として働いていたころ請求人と親しく交際していた松下文子は、
便箋に前記(1)ニのような文章を書き、これと現金合計五万七〇〇円(そのうちの千円
札二枚に「イワオ」と書き)を
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封筒に入れて発送した。同女は何らかの方法で右現金を請求人から預かっており、右現金
は、請求人が本件犯行に関与して取得したものであることを知っていた。

ハ 前記パジャマは請求人のものであり、昭和四一年七月四日に従業員寮の請求人の部屋
から発見された。

ニ 沼津市菊光刃物店の店主の妻高橋みどりは、請求人が自白する前の昭和四一年七月こ
ろ、捜査官から、こがね味噌従業員二〇名余の写真を見せられた際、請求人の写真につい
て、二、三ヶ月前ころ、同店で見た顔である旨述べた。同店では本件くり小刀と同様
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の小刀を一本五〇〇円で販売していた。

ホ 請求人の血液型はB型であるところ、これが五点の衣類のうちの半袖シャツの右肩の
損傷部分に内側から付着したと認められる血痕の血液型と一致する。司法警察員作成の身
体検査調書及び鑑定人木村和夫作成の鑑定書によると、請求人には、昭和四一年九月八日
当時、右上腕部前面に紫褐色の化膿の痕が存在していたこと、また、鑑定人鈴木完夫作成
の鑑定書によると、請求人には同年八月一八日当時、右上腕の外側上三分の一の部分に肉
芽組織が存在していたことが認められる。この右肩の傷と半袖シャツの
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右肩の損傷は、完全に一致するわけではないが、右半袖シャツを着用したままで、十分生
成可能な傷である。

ヘ 請求人は、本件直後、左手中指に怪我をしているところ、公判廷において、「右の傷は、
本件消火作業の際、屋根の上で滑って転び、トタンで切ったものである」旨述べているが、
この傷は、鋭利な刃物による傷と認めるのが相当であり、トタンで切れたものと判断する
のは不合理である。

ト 本件の前夜の午後一〇時半ころから本件火災の鎮火に近いころ火災現場に請求人が姿
を見せるまでの
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間に、請求人を見たという者がなく、請求人には本件当夜アリバイがない。
以上イないしトの諸事実を総合すると、請求人が本件の犯人であることの蓋然性は極めて
高いということができる。

(二)次に、請求人の九月九日付け検察官調書の内容と右検察官調書以外の証拠によって
認定される前記(一)の各事実との関係について、次のとおり検討している。
 右検察官調書によると、請求人は検察官に対して、検察官が主張する事実にほぼ合致す
る供述をしている。
 もっとも右検察官調書中、請求人が藤雄外三名を刺し
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た際にパジャマを着用していたとの内容の供述部分が虚偽であることは明らかであるが、
これは、請求人が右供述の当時、パジャマだけが発見されていて、五点の衣類が未だ発見
されていなかったのを幸いに、検察官の推測に便乗したような形で右のような供述をする
に至ったものと認められるとする。
 そして、右検察官調書について、犯行動機、凶器の購入、左手中指の傷、現金約五万円
の行方、工場風呂場に付着した血液、手拭い、金袋三個、投入した場所、脱出した場所、
混合油を入れたポリ樽等に関する供述をそれぞれ検討し、これらの内容はいずれも客観的
事実と矛盾
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しない、ないしは不合理なものとはいえない等としている。

(三) 結論
 以上検討した結果等を総合すると、請求人が、昭和四一年六月三〇日午前一時すぎころ、
金員窃取、しかも、もし家人に発見された場合には、家人を刃物で脅かしてでも金員を奪
取しようとの意図をもって、本件くり小刀を所持して藤雄方に侵入したこと、その際、一
号タンクから発見された五点の衣類を身につけ、その上に工場内にあった雨合羽を着てい
たこと、藤雄方裏口近くの木に登って藤雄方の屋根に移り、中庭に降りて侵入したこと、
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侵入後、本件くり小刀を鞘から抜いて、鞘を雨合羽の右ポケットに入れ、その後雨合羽を
脱ぎ捨て、本件くり小刀を手に持ったこと、金員物色中藤雄に発見されて金員強取の決意
をし、同人と格闘の末、同人を本件くり小刀で刺し殺したこと、同人との格闘中に本件く
り小刀で自己の左手中指を傷つけたこと、その後、ちゑ子、雅一郎及び扶示子を本件くり
小刀で刺し、これを扶示子の近くに落としたこと、その後、金袋三個を強取し、いったん
裏口の扉から脱出したが、途中で二個の金袋を落としたこと、その後、工場内に入り、五
点の衣類を脱いでパジャマを着たこと、次いで三角部屋横に置かれたあった
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石油缶から混合油を持ち出し、再び前記裏口から藤雄方に入り、被害者四名の体にそれぞ
れ混合油をふりかけて放火したこと、その後、七月一〇日ころ、強取した現金のうち五万
円位を松下文子に預けたこと、時期は確定できないが、前記五点の衣類を麻袋に入れて一
号タンクの中に入れたこと等の各事実については証明が尽くされたとする。
 他方、検察官主張の事実のうち、@侵入後、藤雄と格闘するまでの詳細な経緯及び格闘
の具体的状況の詳細、Aその余の三名を刺した順序及び具体的状況の詳細、3点の衣類を一
号タンクに入れた際の具体的状況及び
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その日時の詳細、Cパジャマを着た場所及び経緯、犯行後のパジャマの後始末の詳細並び
にDパジャマ右肩に存する損傷の生成時期及び生成原因等の諸点のうち、Bについては全
く根拠がなく、@、A、C及びDについては、請求人の検察官に対する自白が存在するだ
けであり、それだけで自白通りの事実を認めるにはちゅうちょせざるをえず、右@ないし
Dの点については、明確な結論に達することができなかった。しかし、そのことが、請求
人が少なくとも判示(罪となるべき事実)記載の限度の犯罪の犯人であることについて合
理的な疑いを抱かしめるに足りるものとは認められない。
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 以上の次第で、判示(罪となるべき事実)記載の犯罪事実の存在及びその犯人が請求人
であることのいずれについても、合理的な疑いを越える程度に証明が尽くされたとの結論
に達したとする。

三 控訴審判決
 控訴審における判断の概要は次のとおりである。
1 犯罪事実の存在に関する争点について
(一) 藤雄ら四名の被害者の身体、着衣等にかけられていた油ようのものが工場内から
持ち出された混合油であるか
 第一審では、篠田勤・角野勝明作成の昭和四一年一〇月二〇日付け鑑定書[被害者らの着
衣等には混合油が付着
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しており、この混合油は工場内の混合油と同種の混合油と認めるのが妥当、もしくは工場
内の混合油と同種の混合油と推定されるとしている](以下「篠田鑑定」という)及び阿部
博作成の昭和四二年一二月二〇日付け鑑定書[被害者らの着衣等から潤滑油様の油が検出さ
れ、この油は、工場内の混合油中の潤滑油の成分と類似もしくはかなり類似した油ではな
いかと思われるとされている](以下「阿部鑑定」という)を取り調べたが、当審では、右
篠田及び阿部を鑑定人兼証人として尋問したほか、中沢泰男に対し、「篠田鑑定の鑑定経過
によりその結果を合理的に導出できるか」等について鑑定を命じ、
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その尋問をした(以下「中沢鑑定」という)。その結果によれば、焼け跡から発見された被
害者らの衣類等に混合油が付着していたことは明らかであり、これが工場内の混合油と同
じ成分である可能性は相当強いと認められるが、以上の結果だけから直ちに工場内にあっ
た混合油が焼け跡から発見された着衣等に付着していたものというには問題がないではな
い。しかし、証拠によって認められる@工場内の混合油が約五.六五リットル減少してい
たこと、A工場内の混合油の石油缶に人血が付着していたこと、B被害者宅には混合油が
存在した形跡はないこと、C工場と被害者宅裏出入口との距離(約三一.八
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メートル)、一号タンクからの着衣の発見、工場にあった雨合羽の使用、被害者宅焼け跡か
ら、工場内に多数あったクリーム色の味噌用のポリ樽が焼けて溶けたと思われる破片が発
見されていること等工場との関連をうかがわせる諸事情をも合わせ考えると、工場内の混
合油が約五.六五リットル持ち出され、本件放火の用に供されたという原判決の認定は十
分に肯定できるとした。

(二) 犯人は、請求人の部屋から押収されたパジャマを着て工場内から混合油を持ち出
し放火をしたか
 第一審で取り調べた前記篠田鑑定によると、パジャマから抽出した油の中には混合油の
存在が認められ、その
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混合油は工場内の混合油及び被害者らの着衣等に付着していた混合油と同種のものと推定
されると結論しているところ、当審での中沢鑑定によると、右篠田鑑定の経過・結果には
一部問題があり、特に混合油の種類に関する部分をそのまま採用するのは困難であるが、
右パジャマに、種類はともかく、混合油が付着していたことは疑いなく、中沢鑑定も、パ
ジャマの混合油が被害現場の混合油及び工場内の混合油と別の種類であるとまでいってい
るのではないこと、請求人自身本件発生の前後に自分のパジャマに血痕や油質が付着する
ような機会はなかった旨述べていること等の事情に徴すると、犯人は被害者を
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刺切した後、請求人のパジャマに着替えて工場内の混合油を運び放火に及んだものとの第
一審判決の認定は十分肯認できるとする。

(三) 本件犯行の凶器は現場から発見された本件くり小刀であるか
  第一審における各鑑定(鑑定人鈴木俊次作成の昭和四一年九月六日付け鑑定書二通並
びに山下英秋作成の同年七月二五日付け鑑定書二通及び同月二八日付け鑑定書二通。以下
単に「鈴木鑑定」「山下鑑定」と総称する。右鑑定人鈴木俊次は、藤雄及び扶示子の死体の
解剖医であり、鑑定人山下英秋は、ちえ子及び雅一郎の死体の解剖医
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である)に加え、当審で取り調べた上野正吉作成の昭和四七年三月一八日付け鑑定書(以
下「上野鑑定」という)によると、本件くり小刀は本件成傷器として格好なものと考えら
れ、この種の刃器一本で各被害者の傷は生成可能であるとされ、この点は、当審で取り調
べた内藤道興作成の昭和五〇年二月二五日付け鑑定書(以下「内藤鑑定」という)でも支
持されていること、その他被害者らの刺切創の状態や、本件くり小刀が扶示子の焼死体の
近くから発見されたこと、犯人が遺留したと認められる雨合羽の右ポケットに刃体と完全
に合致する本件鞘が入っていたこと等に徴すれば、本件の凶器は右くり小刀
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であると認めるに十分であるとする。

(四) 五点の衣類に関する争点について
(1) 犯人は、一号タンクから発見された五点の衣類を着用して本件刺切行為に及んだ
ものであるか
 一号タンクから発見された五点の衣類には多量の、しかも被害者らの血液型と一致する
複数の人血が付着していたこと、ズボン、スポーツシャツ及び半袖シャツに損傷があり、
半袖シャツの損傷部分には内側からにじみ出たと認められる人血(B型)が付着していた
こと、後記(2)の認定のとおり昭和四一年七月二〇日より後に五点の衣類を一号タンク
に隠すことは殆ど不可能
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と思われること、一号タンクは犯行現場に近いこと、本件と関係なくこのような場所に血
染めの衣類が入れられたことをうかがわせる出来事は全く認められないこと等を総合すれ
ば、五点の衣類は、犯人が本件刺切行為時にこれを着用したと認めるのが相当であるとす
る。

(2) 五点の衣類の入った麻袋が一号タンクに入れられた時期はいつか
 昭和四一年七月二〇日に、一号タンクに新たに大量の味噌が仕込まれてからは、発見場
所である底から三.五センチメートルの底部に本件衣類等を隠すことは
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殆ど不可能であると思われること、清水署は、同月四日の工場の捜索の際、会社の要請に
より、会社に損害を与えないため、一号タンクは上から点検しただけで味噌の中までかき
まわして調べなかったこと、捜索の際にも一号タンク内には半分より少なかったが、なお
相当量の味噌が入っており、前記のような捜索方法では味噌の中に麻袋が隠されていても
発見できないこと、犯行前後ころ、タンクに入って味噌を出すのは主として請求人の担当
であり、人手の足りないときは請求人も仕込みを手伝うことがあり、七月二〇日の一号タ
ンクへの仕込みの際にも請求人がタンク内で味噌を踏んだ
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可能性があること、味噌を仕込む前にタンクの中を掃除するとは限らず、七月二〇日に一
号タンクに味噌を仕込む際にも残った味噌の上に仕込んだものと思われること等の事情を
総合すれば、五点の衣類の入った麻袋が本件の直後に一号タンクに入れられた蓋然性は大
きく、そうだとしても、七月四日の捜索、七月二〇日の仕込みの際に発見されるおそれは
小さかったと思われるとする。
 その他の争点に関する判断及び争いがなく証拠上も明らかに認められる事実を総合すれ
ば、被害者四名はいずれも被害者宅に押し入った犯人によって身体各所を刺切
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されて瀕死の重傷を負い、その直後混合油を浴びせかけられたうえ居宅もろとも放火され
て殺害されたことが明らかであり、本件は、会社の内情に詳しい犯人が当初から財物奪取
の目的で被害者宅に立ち入ったところ、家人に発見されたため居直って藤雄と格闘し、同
人ら四名を刺切した後、工場内の混合油を持ち出して住居もろとも焼毀し、その際金袋三
つを強取したと認めるのが相当であるとする。
 そして、判決は、以上の状況だけによっても、犯人は請求人ではないかとの疑いを生ず
るが、請求人が犯人であると断定するには、さらに次の諸点を検討しなければな
- 46 -


らないとする。

2 本件犯罪事実と請求人の結びつきに関する争点について
(一) 本件端布が発見・押収された経緯に関する争点について

 一号タンクから五点の衣類が発見されてから一二日後の昭和四二年九月一二日、清水警
察署が静岡県浜北市の請求人の実家を捜索したところ、同家奥六畳間整理ダンス上段の小
引出し内から本件端布が発見され、請求人の母袴田ともがこれを任意提出したこと、同女
はその五日後、検察官に事情を聞かれた際、「前年の九月末ころ、会社から送ってきた請求
人の荷物の中に黒っぽい喪章の
- 47 -


ようなものが入っていたので、喪章かなと思ってベビーダンスの引き出しの中にしまって
おいた。先日、家宅捜索に来た刑事がこれを見つけて持って行った。」「刑事が来たとき家
にある洋服やズボン等を全部調べたが、同じような色の生地のものはなかったので、喪章
のような黒っぽい布は、前から家にあった生地でないことは確かです」等と述べているこ
と、同女は、第一審第二四回公判において、「黒っぽい端布は、警察が捜索にきて引出しの
中にあったと言って自分に見せたときに初めて見た。自分がこがね味噌から来た荷物から
出して引き出しに入れておいた覚えはなく、また、警察にそのように話した覚えも
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ない」旨供述しているが、この供述はあいまいで前後一貫していないだけではなく、その
立場、供述の時期等に徴し、そのまま信用することができないこと、しかも、その際に同
女は、「検事には記憶に基づいて正直に述べた。その調書は読んで聞かせてもらい、間違い
ないと承認して名前を書いた」旨証言していること等の事情に照らすと、本件端布がこが
ね味噌から請求人の実家に送られた荷物の中にあり、これが請求人のものであることは間
違いないと考えられるとする。

(二) 本件端布と本件ズボンとの関係に関する争点について
 第一審で取り調べた近藤彰作成の昭和四二年一二月四日
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付け鑑定書(以下「近藤鑑定」という)は、両者の生地は同一種類の生地と思われ、生地
の染色は似ているものと思われると結論し、当審で取り調べた砺波宏明作成の昭和四七年
八月一一日付け鑑定書でも、両者は全く同一の生地であるかあるいは極めて酷似した生地
であると結論しているので、殆ど疑問を入れる余地はなく、また、近藤鑑定中、両者に一
致する切断面があるとの結論部分も相当であると考えられるとする。

(三) 請求人が本件発生当時本件ズボンをはくことができたかとの争点について
 当審における三回にわたる着装実験によれば、請求人
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はいずれの機会にも、本件ズボンをはくことができなかったが、関係証拠によると、本件
ズボンの腰まわりの縫製寸法は八三ないし八五センチメートル程度であったと認めるのが
相当であること、当審鑑定人佐々木繁夫に、本件ズボンの寸法を二回にわたり測定させた
ところ、その腰まわりは、一回目が六八センチメートル、二回目が七〇センチメートルで
あったこと、この原因は、小売店で販売する時に腰まわりを約三センチメートル詰めたと
みられることのほか、生地そのものが一年以上も水分・味噌成分を吸い込んだ後、長期間
証拠物として保管されている間に自然乾燥して収縮したこと等によるものと認
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められること、請求人が自分のものに間違いないとして差し出しているズボン(同押号の
一二九)の腰まわりの寸法は一回目は八〇センチメートル、二回目は七六センチメートル
と測定され、当審での着装実験の結果、請求人は右ズボンを十分にはくことができたこと、
拘留中の運動不足によると思われる請求人の体重の増加等の事実に徴すれば、請求人は本
件発生当時本件ズボンを十分にはけたものと認定するのが相当であるとする。

(四) 一号タンクから同時に発見された本件パンツその他の衣類に関する争点について
 関係証拠によれば、本件パンツは、請求人のものであ
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る疑いが極めて濃厚であり、その他の衣類についても、本件ズボンが請求人のものと断定
できることや他の衣類も同じ麻袋の中に血に染まって一緒に入っていたこと、これらの衣
類は、その種類等からみて、同一人が同時に着用していたものとみるのが自然であること
等の状況に徴すれば、請求人のものであると認めた原判決に不合理な点はないとする。

(五) 清水郵便局で発見された現金等が在中していた本件封筒に関する争点について
  関係証拠によれば、在中していた現金と本件賍品が同一であるとする推認は十分肯認
できること、また、第一
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審で取り調べた筆跡鑑定だけから、本件封筒の差出人が松下文子であると断定することは
ちゅうちょされるが、かなりその疑いが強いことは、右筆跡鑑定の結果によっても認めら
れ、請求人と松下との関係について証拠上認定できる諸事情と右筆跡鑑定の結果とを総合
すれば、松下が請求人から現金を預かり、そのうちの千円札二枚に「イワオ」と書き、ま
た本件便箋に「ミソコウバノボクノカバンノナカニシラズニアツタツミトウナ」と書き、
本件封筒に「シミズケイサツショ」と書いて、現金五万七〇〇円入りの封筒を清水警察署
宛発送した可能性は極めて強いと認められるとする。
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(六) くり小刀の購入に関する争点について
 第一審第一四回公判での証人高橋みどりの供述によれば、本件直後の七月ころ、警察官
が同女方店舗(沼津市菊光刃物店)に来て、こがね味噌の従業員の写真二〇枚以上を同女
に示したところ、同女が請求人の写真をさして「見覚えがある、二、三か月前ころに見た
ような感じがする」旨述べたこと等の事実が認められるが、これらの点については、当審
第一四回公判での同女の供述に徴しても別に疑問が生ずることはなく、また、第一審判決
は、こうした事実を摘示するにとどまり(これらより推認しうる事実は、せいぜい請求人
がくり小刀を同店で買
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う機会・可能性があったという程度と思われる)、これらの事実から請求人が本件くり小刀
を同店で購入したとまで認定しているものではないとする。

(七) 請求人の右肩の傷と、麻袋に入っていた半袖シャツの損傷との関係に関する争点
について
 関係証拠によれば、請求人の右肩の傷は半袖シャツの右袖の損傷部位とおおむね一致し
ていること、一号タンクから半袖シャツと同時に発見されたスポーツシャツの右袖上部に
も不整形の損傷が認められること等の事情を総合すれば、請求人の右肩の傷は、右半袖シ
ャツ、スポーツシャツを着用した上から何らかの作用を受け受傷し
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たと認めるのが相当であるとする。

(八) 請求人の左手中指の傷に関する争点について
 関係証拠によれば、右傷が鋭利な刃物によるものであると認定した第一審判決に何ら不
合理な点はないとする。

(九) 請求人のアリバイについて
 関係証拠を検討すると、請求人の弁明をそのまま信用し、請求人が犯行時自室で寝てい
たと認めることは困難であるとする。

3 請求人の九月九日付け検察官調書の任意性に関する争点について
 右検察官調書の任意性については、検察官は取調べにあ
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たり、請求人に「警察と検察庁は違うのだから警察の調べに対して述べたことはこだわら
なくていい」旨あらかじめ注意していること。検察官調書の内容は、それまでの司法警察
員調書の繰り返しや要約ではなく、それなりに独自の供述部分を含んでいること、また実
質的にみると、請求人の司法警察員に対する供述調書にも誘導によるのではないかと見ら
れる部分(例えば、パジャマを着て犯行に及んだという点)がある反面、誘導によっては
引き出しがたいと思われる部分(例えば、松下に五万円を預けたという点については、捜
査官がその金額まで推測し、誘導することは難しいと考えられる)も少なくなく、その供
述のすべて
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が司法警察員の想像・推理を背景にする威迫ないし誘導によって得られたものと断ずるこ
とは困難であること等の事情に徴すれば、第一審判決が、起訴後の検察官調書の証拠能力
を否定したのは、公正手続の保証という点に主眼を置いた結果と思われるばかりでなく、
仮に司法警察員の取調べに請求人に威圧を与えるような不当な点があったとしても、これ
が検察官の取調べの際にも強く影響しているとは認められない。したがって、第一審判決
が、九月九日付け検察官調書にだけ任意性を認めたのは別に不合理ではないとする。

4 請求人の九月九日付け検察官調書の信用性等に関する争点
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について
 右検察官調書の内容は、パジャマを着て刺切傷の犯行に及んだとする点等に明らかな虚
偽があるが、これを根拠に調書全体の信用性を否定するのは相当でない。また、請求人は、
藤雄との格闘時の状況の自供内容に相応するような打撲擦過傷や本件ズボンの損傷が認め
られること、強取した現金のうち五万円を松下文子に預けたとの自白の数日後に清水郵便
局でほぼ同額の現金の入った清水警察署宛の封筒が発見され、差出人は松下であるとの疑
いが強かったこと等自白内容の有力な裏付けも存在する。さらに、凶器の購入、左手中指
に傷を受けた経緯、工場の風呂場への出入り、
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金袋三個の強取のてんまつ、混合油を運んだポリ樽等についての供述も、遺留品、焼死体
の状況、建物の構造等の客観的状況に符合しあるいは矛盾がない。犯行の動機、侵入経路、
脱出口、手拭いの血痕付着、雨合羽着用等についての供述も、請求人が犯人であると認め
るについて特に不合理な点は存在しない。
 以上に徴すれば、右検察官調書は少なくとも請求人が、本件犯行を犯したという点及び
その犯行の大筋については十分に信用できると認められるとする。

5 結論
 以上の諸事情、特に、犯人が本件刺切傷の犯行時に着用
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していたと認められる本件ズボンが請求人のものと断定できること、このズボンと同時に
発見された緑色パンツ、半袖シャツその他の衣類も請求人のものである疑いが強いこと、
請求人の右上腕前部に傷痕があり、これが犯行時に着用していたと見られる半そでシャツ
の右袖上部の損傷におおむね一致し、しかもその損傷部位に内側からにじみ出た状態で請
求人の血液型と同型の血痕が付着していとこと、請求人の右下腿中央から下部前面に打撲
擦過傷痕があり、本件ズボンの右足前面下部にもそれに相応するような損傷があること、
本件の直後請求人の左手中指に鋭利な刃物によると思われる切創があることが判明したが、
これは犯行の
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際受けた疑いが強いこと、請求人のパジャマに請求人以外の、しかも被害者らの血液型と
合致する人血及び放火の用に供された混合油の付着が認められ、請求人はこれについて合
理的に弁明できないこと、請求人には犯行時のアリバイがないこと等の事情を総合すれば、
本件の犯人は請求人であると断定でき、請求人の九月九日付け検察官調書の内容は、犯行
の際本件パジャマを着ていたとの点及びこれに関連する供述部分を除き、大筋では犯行現
場の客観的状況、種々の遺留品等にも矛盾せず、かえってこれらを合理的に説明するのに
役立つと認められると結論づけている。

四 上告審判決
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 最高裁判所は、「請求人本人の上告趣意及び弁護人らの上告趣意は、いずれも事実誤認、
単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。なお、記録に
よれば、第一審判決摘示の犯罪事実を認めることができるから、これを維持した原判決に
は事実の誤認はない。その他記録を調べても同法四一一条を適用すべき事由は認められな
い。」旨判示して上告を棄却した。

五 確定判決の証拠構造
 以上から明らかなとおり、第一審判決及び控訴審判決は、まず、請求人の九月九日付け
検察官調書を除いた他の証拠を検討し、@被害現場の状況、被害者らの死体の状態、被害
現場
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から凶器と認められるくり小刀や犯人が侵入時に着用していたとみられる雨合羽が発見さ
れたこと、放火に使用された油が被害現場裏のこがね味噌工場内にあった混合油と認めら
れること、一号タンク内から発見された五点の衣類が犯行着衣と認められること、工場内
数箇所に血痕の付着が認められたこと、請求人のパジャマに人血及び混合油が付着してい
たこと、被害者方から金袋三個が紛失し、そのうちの二個が被害者方裏口付近で発見され
たこと等の諸事情により、本件犯罪事実の存在が認められるとし、A右の諸事実に加えて、
一号タンク内から発見された五点の衣類のうち、ズボンは請求人のものと断定でき、緑色
パンツ、半袖シャツ等の衣類も
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請求人のものである疑いが強いこと、請求人の右上腕部の傷痕が右の半袖シャツの損傷と
おおむね一致し、その損傷部位に内側から付着する血液の血液型が請求人の血液型と一致
すること、請求人の右下腿部の傷痕とズボンの損傷が相応すること、請求人の左手中指に
鋭利な刃物によるものと思われる傷創があり、これは犯行の際受けた疑いが強いこと、請
求人のパジャマに人血及び混合油が付着していたことについて請求人は合理的に弁明でき
ないこと、本件犯行時工場従業員寮の自室で寝ていたとする請求人のアリバイの弁明をそ
のまま信用することは困難であること等の諸事実をも総合して、請求人と本件犯罪事実と
の結びつきが認められるとするものである。
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 第一審判決は、そのうえで、請求人の右検察官調書の内容を個別に客観的証拠と対比し
て検討した結果、パジャマを着て本件刺切行為に及んだとの供述部分は明らかに虚偽であ
り、凶器となった本件くり小刀を購入した経緯、藤雄と格闘中に左手中指に傷を受けたと
する供述部分等は、客観的証拠と符合しあるいは矛盾しないと判断しているにとどまるの
であって、前記のとおり、請求人の九月九日付け検察官調書を(証拠の標目)欄に挙示し
ておらず、控訴審判決も、右検察官調書は「少なくとも請求人が本件犯行を犯したという
点及びその犯行の大筋については十分に信用できる」(控訴審判決五七丁)
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等と説示しているにすぎない。
 右のとおり、第一審判決及び控訴審判決は、請求人の右検察官調書を、請求人と本件犯
行との結びつきを積極的に裏付ける証拠のひとつとして検討しているものではなく、また、
右調書の内容が細部に至るまで全面的に信用できるとしているものでもない。
 弁護人は後記各主張書面において、「第一審判決及び控訴審判決は、請求人の九月九日付
け検察官調書を、請求人と本件犯罪事実とを結びつける決定的証拠のひとつであるとして
いるものと解され、したがって、右調書の内容の一部が虚偽であると認められれば、請求
人が無罪であることが明らかに
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なる」として、右調書の内容が信用しがたいものである旨の主張をるる展開しているが、
このような主張は、右各判決の証拠構造に照らし、明らかに失当である。

第二 本件再審請求の理由
 一 本件再審請求の理由は、弁護人斉藤準之助他三名の作成の昭和五六年四月二〇日付
け再審請求理由書(以下「理由書」という)、弁護人斉藤準之助他三名作成の昭和五七年二
月一五日付け再審請求補充書(以下「補充書」という)、弁護人斎藤準之助補か七名作成の
昭和五八年七月一九日付け再審請求補充書(以下「補充書二」という)、弁護人伊藤和夫他
九名作成の昭和六二年二月一二日付け再審請求理由補充書(三)
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(以下「補充書三」という)、弁護人伊藤和夫他九名作成の昭和六三年七月一三日付け再審
請求理由追加申立書(以下「追加申立書」という)、弁護人伊藤和夫他一三名作成の平成2
年一月二六日付け再審請求理由補充書(五)(以下「補充書五」という)、弁護人伊藤和夫
他一三名作成の平成二年一一月二一日付け反論書(以下「反論書一」という)、弁護人伊藤
和夫外一四名作成の平成三年五月二三日付け再審請求理由補充書(六)(いか「補充書六」
という)、弁護人伊藤和夫外一五名作成の平成四年五月二七日付け反論書(以下「反論書二」
という)、弁護人伊藤和夫外一四名作成の平成四年九月九日付け再審請求理由補充書(七)
(以下「補充書七」という)、弁護人
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尾崎陞及び同安倍治夫作成の同日付け再審請求理由補充書(A)(以下「補充書A」という)、
同(B)(以下「補充書B」という)及び同(C)(以下「補充書C」という)、弁護人伊藤和
夫外一四名作成の平成四年一二月九日付け再審請求理由補充書(八)(以下「補充書八」と
いう)、弁護人尾崎陞及び同安倍治夫作成の同日付け再審請求理由補充書(G)(以下「補充
書G」という)、弁護人伊藤和夫外一五名作成の平成五年三月一〇日付け反論書(以下「反
論書三」という)、弁護人尾崎陞及び同安倍治夫作成の同日付け再審請求理由補充書(E)(以
下「補充書E」という)及び同(L)(以下「補充書L」という)、弁護人伊藤和夫外一五名
作成の平成
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五年五月二六日付け再審請求理由補充書(九)(以下「補充書九」という)、弁護人安倍治
夫作成の同日付け再審請求理由補充書(D)(以下「補充書D」という)、同(F)(以下「補
充書F」という)、同(H)(以下「補充書H」という)、同(I)(以下「補充書I」という)、
同(J)(以下「補充書J」という)、同(K)(以下「補充書K」という)、同(M)(以下「補
充書M」という)、弁護人安倍治夫作成の平成五年九月三〇日付け再審請求理由補充書(D)
補足第一(以下「補充書D補足第一」という)、同(E)補足第一(以下「補充書E補足第
一」という)、同(N)(以下「補充書N」という)、同(O)(以下「補充書O」という)及
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び同人作成の同日付け反論書(以下「安倍反論書一」という)、弁護人伊藤和夫外一五名作
成の平成五年一〇月二七日付け最終意見書(以下「伊藤最終意見書」という)、弁護人安倍
治夫作成の平成五年一〇月二九日付け再審請求理由補充書(E)補足第二(以下「補充書E
補足第二」という)及び同(P)(以下「補充書P」とう)、同人作成の平成五年一一月二九
日付け最終反論書(以下「安倍反論書二」という)、同人作成の平成五年一二月一五日付け
最終意見書(以下「安倍最終意見書」という)並びに同人作成の平成六年五月一六日付け
弁護人反論書(以下「安倍反論書三」という)に記載のとおりであるから、これらを引用
する。
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なお、主任弁護人伊藤和夫は、弁護人安倍治夫が提出した補充書D、同F、同I、同J、同
K、同M、同D補足第一、同E補足第一、同N、同O、安倍反論書一、補充書E補足第二、
補充書P、安倍反論書二、安倍最終意見書、安倍反論書三については、その提出に同意して
いない。
 
 二 弁護人らの主張は多岐にわたるが、再審事由として主張するところは、次ととおり
と解される。
1 脱出口について
 第一審判決は、請求人が被害者らを刺切した後、いったん裏口の扉から脱出し、その後
混合油を持って再び裏口から藤雄宅に入り、放火の後同所から脱出したとの自白は、
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実況見分調書等の客観的証拠と合致しているとしており、この点に関する請求人の自白は
かなり信用性が高いとしているが、新たに提出する@前田尚美外二名作成の昭和五六年二
月二六日付け「裏木戸の出入り可能性に関する鑑定書」と題する書面(以下「前田鑑定書」
という)、A横田英嗣作成の昭和六三年五月一三日付け「木戸の出入り写真に関する鑑定書」
と題する書面(以下「横田鑑定書」という)並びにB弁護士小川秀世作成の平成四年八月
五日付け「警察官による『偽りの裏木戸実験写真』の再現実験報告書」と題する書面(以
下「再現実験報告書」という)及び右実験の状況等を撮影したビデオテープ一本によると、
右裏口
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からの出入りが不可能であることは明白であって、右各証拠は無罪を言い渡すべき明らか
な新たな証拠である。また、第一審判決は、請求人が裏口から脱出したとの認定をした根
拠となる証拠として、司法警察員北条節次作成の昭和四一年九月二六日付け捜査報告書(捜
査官が藤雄方の裏口扉を再現・政策して実験してみたところ、請求人の自白どおりの方法
による脱出が可能であったとする内容のもの。以下「北条報告書」という)及び同人の第
一審第一三回公判における供述(右北条報告書の内容等を供述したもの。以下「北条証言」
とう)をあげているが、右北条報告書は偽造(虚偽公文書作成)されたものであり、右北
条証言は
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虚偽である。公訴時効が完成しているため、このことを確定判決により証明することはで
きないが、前掲前田鑑定書、横田鑑定書及び再現実験報告書等により証明する。
 なお、北条報告書は、第一審における検察官の取調べ請求に対し、弁護人が不同意とし、
検察官が請求を撤回しているが、第一審判決の(証拠の標目)欄に掲げられており、かつ
証人北条節次に対し右報告書を示しつつ尋問が行われているから、右報告書については事
実上証拠調べがなされているといってよい。したがって、右報告書は、刑事訴訟法四三五
条一号にいう「原判決の証拠となった証拠書類」に該当することが明らかである(理由書、
追加申立書、
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補充書五、補充書七、反論書三等)。

2 凶器について
(一) 本件くり小刀と本件鞘との不一致について
 確定判決は、本件くり小刀と本件鞘とが完全に合致すると認定しているが、新たに提出
する@井野博満作成の昭和五七年一月三〇日付け鑑定書(以下「井野鑑定書」という)及
びA伊藤信夫外一名作成の昭和五八年四月一日付け鑑定書(以下「伊藤鑑定書」という)
によると、本件くり小刀と本件鞘とは合致せず、一対となった商品でないことが明らかで
あり、そうすると、請求人の自白と客観的事実が明確に矛盾し、凶器と請求人との結びつ
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きが説明できなくなり、請求人を犯人とした確定判決は誤りであることに帰するから、右
各証拠は無罪を言い渡すべき明らかな新たな証拠である(理由書、補充書一、補充書二)。
(二) 被害者らの各成傷と本件くり小刀との不一致について
 確定判決は、被害者らの各成傷は、本件くり小刀によってできたと認定しているが、新
たに提出する次の各証拠によると、本件くり小刀のみが本件犯行の凶器であるとの認定な
いしは本件くり小刀が本件犯行の凶器であるとの認定が誤りであることは明らかであり、
請求人の自白と矛盾するので、次の各証拠は無罪を言い渡すべき
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明らかな証拠である。

(1) 新たに提出する押田茂實作成の平成五年五月一〇日付け回答書(以下「押田回答
書」という)によると、扶示子の胸部損傷中に、本件くり小刀の長さでは達しない傷があ
り、また、雅一郎の肝臓に達する損傷も本件くり小刀とは適合しないことが明らかである。
[なお、同時に提出する弁護士小倉博作成の昭和六〇年二月二六日付け報告書(弁護士が本
件くり小刀をノギスで計測した結果を報告したもの)及び平成元年八月一八日付け報告書
(右報告書の計測を補充するもの)並びに静岡英和女学院の平成五年五月一二日付け証明

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(扶示子が通学していた同学院において、昭和四一年四月一〇日身体検査記録に基づく同
女の体格を証明したもの)は、右押田回答書の資料となった証拠である](補充書九等)。

(2) 新たに提出する横山正義作成の平成五年三月八日付け鑑定書(以下「横山鑑定書」
という)によると、雅一郎の肝臓に達する損傷等、被害者らには本件くり小刀では成傷不
可能な傷があることが認めらる(補充書E等)。

(3) 新たに提出する@津田征郎作成の平成五年五月二一日付け鑑定書作成経過報告書、
A同人作成の同年九月
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二五日付け鑑定書及びB同人作成の同年一〇月七日付け鑑定書(以上の三通をまとめて「津
田鑑定書」と総称することがある)は、扶示子の胸部損傷のひとつは、本件くり小刀では
成傷が不可能であるとし、また、雅一郎の肝臓に達する損傷は、本件くり小刀ではやや無
理があるとする(補充書E、補充書E補足第一、補充書E補足第二等)。

(4) 新たに提出する@白砂巌作成の平成五年二月一〇日付け調査報告書(以下「白砂
調査報告書」という)及びA同人作成の同年九月三〇日付け研究報告書(以下「白砂研究
報告書」という)によると、犯行に使用さ
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れた凶器は、三種ないし四種と考えられ、犯人は複数であることが明らかである(補充書D、
補充書D補足第一等)。

(5) 新たに提出する@補充書Jに添付した扶示子の左前頭部の円形陥没様成傷の状況
を示す鑑定書添付写真の拡大写真一葉及びちえ子の右顎部を貫通した細長型刺突傷の豊凶
を示す鑑定者添付写真の拡大写真一葉並びにA静岡県警察本部刑事部捜査一課、同鑑識課
作成の「清水市横砂会社重役一家4名殺害の強盗・殺人・放火事件捜査記録」と題する書
面(後記4(一)で提出されたもの)によると、扶示子の左前頭部陥没様傷痕及び
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ちえ子の右顎部を貫通した成傷には、本件くり小刀以外の二種の凶器が使用されているこ
とが明らかである(補充書J等)。

(6) 新たに提出する門間正輝作成の平成五年一〇月二三日付け「動物屍体刺突実験報
告書」と題する書面によると、本件くり小刀の強度は、連続して四名を殺害するに耐えな
いことが明白である(補充書P等)。

(三) 本件くり小刀の購入可能性について
 新たに提出する@鈴木武秀作成の平成五年五月二三日付け「高橋福太郎、同みどりの証
言の録音テープ反訳書」と題する書面、A同人作成の同日つけ「高橋福太郎の証言
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の録音テープ反訳書」と題する書面、B同人作成の同日付け「高橋みどりのテレビインタ
ビューに対する言動のテレビ放映記録報告書」と題する書面及びC「平成四年六月一七日、
沼津地区センターにおいて行われた高橋福太郎の証言の録音テープ反訳書」と題する書面
(後日追完予定としているが未提出)によると、沼津市菊光刃物店において、請求人に本
件くり小刀を販売した事実がないことが明らかであり、請求人と凶器との結びつきが否定
されるので、請求人は無罪である(補充書K等)。

3 一号タンクから発見された五点の衣類について
(一) 端布発見の経緯について
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 確定判決は、昭和四二年九月一二日に、請求人方実家から本件ズボンの端布が発見され
たとするが、新たに提出する昭和四一年八月二一日の毎日新聞記事により、被害者らの葬
儀の際、請求人が喪章を着用していたことが認められることからすると、請求人方実家に
おいて、こがね味噌の工場から請求人方実家に送られてきた荷物の中にあったのは本件端
布ではなく、右喪章とみるのが自然である(補充書三等)。

(二) 五点の衣類の入った麻袋が一号タンクに入れられた時期について
 確定判決は、右麻袋が一号タンクに入れられたのは、
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右タンクに新たに味噌が仕込まれた昭和四一年七月二〇日以前であるとするが、新たに提
出する@弁護士小川秀世作成の平成二年八月28日付け「味噌タンク実験報告書」と題す
る書面(以下「味噌タンク実験報告書」という)、A同人作成の平成四年五月二七日付け写
真報告書(以下「小川写真報告書」という)、B補充書Gに添付した鈴木武秀撮影の「生み
そまみれ麻袋等の写真」と題する写真二枚及び「本件麻袋の接写写真」と題する写真五枚
並びにC門間正輝作成の平成四年一一月一五日付け「麻袋見分報告書」と題する書面によ
ると、一号タンクに本件麻袋が入れられた時期は、右タンクに新たに仕込
- 87 -


まれた味噌が出荷のために取り出されるようになった昭和四二年七月二五日以降、本件麻
袋が発見された同年八月三一日までの間と考えられるから、本件麻袋を一号タンクに入れ
たのは請求人ではない(補充書六、反論書二、補充書G等)。

(三) 本件ズボンのサイズについて
 新たに提出する@袴田秀子作成の平成四年五月二〇日付け陳情書、A請求人から墓m他
秀子宛の昭和5〇年四月二一日付け葉書写し、B請求人から母親宛の昭和四二年九月付け書
簡写し及びC請求人作成の同月六日付け書簡写しを従来の証拠に加味して検討すると、本
件ズボンは、
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請求人にはサイズが大きすぎるので、請求人のものでないことが明らかである(補充書F
等)。

(四) 衣類に付着した血痕の不自然さについて
 新たに提出する@請求人作成の昭和四二年九月六日付け書簡の一部抜粋写し、A補充書I
に添付した門間正輝作成の「血液汚染着衣の写真報告書」と題する書面及び「日本テレビ
五月二七日放映のビデオスティール写真報告書」と題する書面並びにB請求人から母親宛
の昭和四二年九月六日付け手紙抜粋写しを従来の証拠に加味して検討すると、一号タンク
から発見された五点の衣類には人為的に血液をこすり付けた痕跡等があり、右各衣類
- 89 -


が犯行着衣ではないことは明らかである(補充書I等)。

(五) 衣類の損傷等について
 新たに提出する、補充書Lに添付した@鈴木武秀撮影の白半袖シャツの右肩部破損穿孔
の接写拡大写真一枚、A小川秀世撮影の白半袖シャツの右肩部破損穿孔の接写拡大写真一
枚、B「スポーツシャツ及び白半袖シャツの各右肩部破損穿孔の概念図」と題する書面及
びC平野雄三作成の「破損孔の位置形状対比概念図」と題する書面によると、本件半袖シ
ャツの破損孔は、何者かが作為的に別々に刺突したものと認められ、右半袖シャツは犯行
着衣ではない(補充書L等)。
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4 請求人の自白等について
(一) 新たに提出する静岡県警察本部刑事部捜査一課、同鑑識課作成の「清水市横砂会
社重役宅一家4名殺害の強盗殺人、放火事件捜査記録」と題する書面(以下「捜査記録」
という)によると、パジャマの血痕、油の付着に関する鑑識が誤っていること及びパジャ
マに関する誤った鑑定を前提にして不当な自白強要が行われたことが明白である(補充書
二)。

(二) 新たに提出する浜田寿美男作成の平成四年一二月九日付け「袴田事件における自
白の心理学的供述分析による鑑定書」と題する書面(以下「浜田鑑定書」という)に
- 91 -


よると、請求人の自白は単に信用できないというに止まらず無実の者がした虚偽の自白で
あることが明らかである(なお、同時に提出する高橋みどりの司法警察員に対する昭和四
一年九月七日付け供述調書等確定記録中にはない供述調書九通及び毎日新聞昭和四一年七
月一日の朝刊等新聞記事二〇通は、右浜田鑑定書の資料として使用された証拠である)(補
充書八等)。

5 混合油について
 控訴審判決は、被害者らの着衣に付着した油と工場内にあった混合油との同一性及びパ
ジャマに油が付着していたかの争点について、いずれも肯定しているが、これは、
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控訴審で取り調べた中沢鑑定を正当に理解していないため生じた誤りであり、この点は、
新たに提出する弁護士中村光央作成の昭和六三年一月二二日付け「中沢教授からの聴き取
り報告書」と題する書面からも明白である(伊藤最終意見書)。

6 松下文子に対する金の預け渡しについて
 新たに提出する@木下信男作成の平成五年五月二二日付け鑑定書(以下「木下鑑定書」
という)及びA弁護士大蔵敏彦作成の電話聴取書(後日追完予定とされているが未提出)
によると、本件封筒及び本件便箋の文字を書いたのは松下文子でないことが明らかである
(補充書M等)。
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7 請求人の人格について
 新たに提出する請求人作成の日記・書簡の抜粋集「主よ、いつまでですか―無実の死刑
囚・袴田巌獄中書簡」によると、請求人の善人格、否認の一貫性は明らかであり、請求人
の無罪を立証する(補充書A等)。

8 ゴム草履に人血の付着がないことについて
 新たに提出する、補充書Bに添付した@鈴木武秀撮影のゴム草履写真二枚(ゴム草履の
表裏を撮影したもの)及びB門間正輝作成の平成四年八月三一日付け「ゴム草履亀裂部検
証報告書」と題する書面によると、
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請求人が犯行時に履いていたとされている右ゴム草履には、人血の付着または析出浸潤が
認められず、したがって、請求人が現場に侵入していないことが明らかである(補充書B
等)。

9 請求人の右手甲に傷が存在しないことについて
 新たに提出する@請求人が発送した昭和五七年九月五日付け書簡の写し、A平野雄三作
成の平成四年八月二九日付け「プロボクシング協栄ジム・古口哲チーフトレーナーのテレ
ビインタビューに対する言動のテレビ放映記録」と題する書面、B同人作成の同日付け「袴
田巌さんの右手甲の傷の不存在についての報告書」と題する書面及びC補充書
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Cに添付した被害者橋本藤雄の顔面下顎部付近の負傷の拡大写真を従来の証拠に加味して
検討すると、請求人の右手甲には、当時傷がなかったことが認められるから、請求人が右
手甲の拳骨で藤雄の顎あたりを殴ったのと請求人の自白に信用性がないことは明らかであ
り、請求人は無罪である(補充書C等)。

10 請求人の右上腕部に創傷が存在しないことについて
 新たに提出する請求人作成の日記・書簡の抜粋集「主よ、いつまでですか―無実の死刑
囚・袴田巌獄中書簡」(前記7で提出されたもの)を従来の証拠に加味して検討すると、事
件発生当日請求人の右上腕部に創傷は存在していないこ
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とが認められ、本件半袖シャツ等の損傷と請求人との関係が否定されるので、請求人は無
罪である(補充書H等)。
 以上提出した各証拠は、いずれも請求人に無罪を言い渡すべき明らかな新たな証拠であ
るから、刑事訴訟法四三五条六号により、また、判決の証拠となった北条報告書が偽造で
あること及び北条証言が虚偽であったことが前述のとおり証明され、いずれも確定判決を
得ることができない場合であるから、同法四三七条、四三五条一号、二号により、再審開
始の決定を求めるというものである。
 なお、安倍弁護人が補充書N(雅一郎の頭部T字型成傷は本件くり小刀によるものでは
ない)、同O(本件端布発見経緯は
- 97 -


不自然である)においうて主張するところは、新たな証拠を提出することなく、確定判決
の判断の不当をいうにとどまり、再審事由としての主張とみることはできない。

第三  当裁判所の判断
一 脱出口に関する所論について
 弁護人は、「北条報告書は、刑事訴訟法四三五条一号にいう原判決の証拠となった証拠書
類である」旨主張し、これを前提として、「新証拠である前田鑑定書、横田鑑定書及び再現
実験報告書等によると、犯行現場の裏口からの出入りは不可能であることが明白となった。
したがって、請求人の自白する方法による裏口からの出入りが可能であったとする北条
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報告書は内容虚偽の捜査報告書であり、北条証言は偽証である」とし、「真の脱出口が裏口
でないとすれば、本件犯行とこがね味噌工場との関連が否定され、真犯人がこがね味噌の
関係者である必然性がなくなるので、この問題は、請求人が犯人であるとの認定の変更を
要求するものである」等と主張するので、以下検討する。

1 まず、弁護人は、北条報告書が刑事訴訟法四三五条一号にいう「原判決の証拠となっ
た証拠書類」に該当する旨主張するが、なるほど、第一審判決は、その(証拠の標目)欄
中に北条報告書をあげているところ、右報告書は、検察官が取調べ請求したものの、弁護
人が不同意としたため、
- 99 -


検察官が請求を撤回しており、確定記録中には存在しない(北条報告書は、再審請求申立
後に検察官から提出されている)のであって、第一審判決が(証拠の標目)欄に北条報告
書を挙示しているのは、過誤である。したがって、北条報告書は、刑事訴訟法四三五条一
号にいう「原判決の証拠となった証拠書類」とみることはできず、この点についての弁護
人の主張は失当である。

2 また、弁護人は、「脱出口、脱出方法に関する自白の信用性の問題は、請求人が犯人で
あるとの認定の変更を要求するものである」旨主張するが、第一審判決及び控訴審判決は、
請求人の九月九日付け検察官調書の内容をその細部
- 100 -


に至るまで全面的に信用できるとしているものではなく、これを、請求人と本件犯罪事実
とを結びつける決定的証拠のひとつとしているものでもないことは、前記第一の五(確定
判決の証拠構造)で説示したとおりである。
 本件犯行と工場との関連については、@放火に使用された油が工場内にあった混合油と
認められること、A犯人は、工場内にあった雨合羽を着用して藤雄方に至ったものである
こと、B犯行着衣が工場内の一号タンクから発見されたこと、C工場内の数箇所に血液反
応が認められたこと、D工場内の排水溝の中から人血が付着した手拭いが発見されたこと、
E工場内従業員寮の請求人の部屋にあった請求人
- 101 -


のパジャマに他人の血痕及び混合油が付着していたこと等客観的証拠から認められる諸事
実によって明らかにされているところである。
 したがって、控訴審判決が説示するとおり、犯人の脱出口が裏口であったか否か、その
脱出手段はどのようなものであったかは、本件犯行と工場との関連を左右するものではな
く、また、請求人と本件犯行との結びつきについての判断に影響を与えるものでもないと
いうべきである。
 そうしてみると、前田鑑定書、横田鑑定書及び再現事件報告書等の各証拠が、請求人が
犯人であるとの認定の変更を要求するものであるとする弁護人の主張は、それ自体に
- 102 -


おいて首肯しがたいところであるが、なお、所論に鑑み、右各証拠について、順次検討を
加えることとする。

3 前田鑑定書について
 前田鑑定書の内容は、「確定記録中の実況見分調書等に基づいて被害現場の裏口扉の実物
大模型を制作し、請求人の自白調書(九月九日付け検察官調書)中にあるように、上部留
め金がかかった状態で、下部を押し広げて出入りすることが可能か否か等を実験した結果、
沓摺が機能する場合には、扉の最下部で三二センチメートルたわんだときに留め金が抜け、
沓摺が機能しない場合には、約三七センチメートルの隙間ができたときに留め金が抜けた
ことから、
- 103 -



上部留め金が抜けることなく、人の出入り可能なたわみが生じることは考えられない」と
するものであり、弁護人は、「本鑑定書により、裏口からの脱出は不可能であることが明ら
かになった」等と主張する。
 しかし、確定記録中の裏口扉の状態に関する関係証拠[司法警察員作成の昭和四一年七月
二〇日付け検証調書(確定記録一一分冊五〇五丁以下)及び使用警察員作成の昭和四一年
九月一八日付け実況見分調書(同一六分冊二一九八丁以下)等]によると、右各証拠におい
ては、裏口扉の寸法や留め金の大きさ等の概略が計測されているにとどまり、扉や留め金
の細部の計測や、留め金を固定するネジ
- 104 -


の長さ等の計測は行われておらず、扉の木戸部や張られていた鉄板の材質、ヒンジ等の状
態については何ら記載がなく、扉等を撮影した添付写真も数枚しかないのであって、こう
した間接的で不十分な資料から製作された模型が実際の裏口扉を再現したものといえるの
かについては、多分に疑問の生ずるところである。
 また、扉の材質についてみると、本鑑定書には、前記実況見分調書添付の写真から杉材
と認定したと記載されているが、そもそも写真のみによって材質を認定できるかが問題で
ある。さらに、前田鑑定書で製作された模型の木戸の中枢は、実物よりも少なくとも三セ
ンチメートル太いもの
- 105 -


が使用されていること(このことは鑑定書の記載自体により明らかである)、上部留め金や
それを固定するネジの長さ等については本鑑定書中には何ら記載がないが、本鑑定書の提
出後に検察官が提出した検察事務官作成の平成元年八月一日付け捜査報告書によると、前
田鑑定書で使用されている留め金やネジの長さ等と明らかに異なること[この点は弁護人が
自認している(補充書五の一頁)]、右検察事務官作成の捜査報告書によると、実際の留め
金のメス金具は折り曲げて縦框に取りつけるようになっていたところ、前田鑑定書におい
ては(その添付写真によると)、めす金具はまっすぐ伸ばした形で取りつけられていること

- 106 -


の諸点において、本実験で使用された模型の扉と実物の扉との間に差異があることが認め
られる。
 ところで、本鑑定書においては、本実験で考えられる誤差として、@中框が前記のとお
おり実物より太くなったことから、たわみが少なめに出ていることが考えられるが、この
誤差は一、二センチメートルと予想される、A扉の材質が堅木であった場合には、引き抜
き耐力は大きくなるが、たわみも小さくなるので、効果が互いに打ち消しあう、B実際の
扉の方が老朽化しているので、たわみは少ないと考えられる等とし、こうした誤差を考慮
に入れても、上部留め金が抜けることなく人の出入り可能なたわみが生じるこ
- 107 -


とは考えられないと結論づけている。
 しかし、これらの点について、本鑑定書には、@中框が実物より太くなったことの影響
が、一、二センチメートル程度にとどまるとする論拠が明らかにされていないこと、A扉
の材質が堅木であった場合、引き抜き耐力とたわみの効果が互いに打ち消しあうとしても、
本鑑定書における最終的な結論に影響を与えないといえるのかが不明であること、B実際
の扉は、本件犯行まで約五〇年間使用されてきたものであるから、木枠、ヒンジ等の扉の
細部が相当程度老朽化し、きしみや遊びが生じていた可能性があることが考えられるのに、
これらの点について全く考慮されていな
- 108 -


いこと等の疑問点がある。
 さらに、留め金の取り付け方やそれを固定するネジが異なること等による誤差の問題は、
本鑑定書の結論に大きな意味を持つものと考えられるところ、この点については、本鑑定
書において何ら考慮されておらず、検察官が前記検察事務官作成の捜査報告書を提出した
後も、弁護人からこの点に関する追加的な実験ないし論証はなされていない。
 そうしてみると、このような模型の扉を、実際の裏口扉を再現したものとみなすことは
困難であるから、実際の裏口扉において上部留め金をかけたまま人が出入りすることは不
可能であるとする本鑑定書の結論を受け入れることは
- 109 -


できない。
 なお、弁護人は、「本鑑定書により、犯人が裏口から脱出することは不可能であることが
明らかになった」から、「真犯人は、藤雄方の表口シャッターから出入りした可能性がある」
旨主張するので、この点につき付言するに、仮に、本鑑定書記載の実験の結果をそのまま
受け入れられるものであるとしえみても、第一審判決の適示する裏口扉付近の状態に関す
る諸事情[@本件後の検証時、扉の上部の留め金は、オス・メスの金具がかかったままの状
態で、扉から二メートル位内側の通路上に落ちていたこと、A火災発生直後、裏口の左右
二枚の扉は一〇センチメートルから
- 110 -


二、三〇センチメートル開いていた、あるいは下のほうが広く開いて(いわゆるソビレタ
形になって)いたという目撃者が多かったこと、Bその後消火作業が済んだときには、扉
は閉まっていたが、これは、当初開いていた扉が屋根等からの落下物等に押されて閉まっ
たためであると考えられること]に照らすと、犯人が上部留め金がかかった状態で扉を無理
に押し広げようとしたところ、右留め金が抜け落ちたので、そのまま裏口から脱出したと
想定することも、格別不自然、不合理ではないというべきである。
 さらに、金袋二個が裏口外側付近に落ちていたこと、本件犯行と工場との関連をうかが
わせる前記諸事情(@放火
- 111 -


に使用された油が工場内にあった混合油と認められること、A犯人は、工場内にあった雨
合羽を着用して藤雄方に至ったものであること、B犯行着衣が工場内の一号タンクから発
見されたこと、C工場内の数箇所に血液反応が認められたこと、D工場内の排水溝の中か
ら人血が付着した手拭いが発見されたこと、E工場内従業員寮の請求人の部屋にあった請
求人のパジャマに他人の血痕及び混合油が付着していたこと等)、本件被害現場と工場との
位置関係(藤雄方裏口から工場正門までは東海道本線を隔てて約三一、八メートルの距離
であること、同人方表口から工場正門に行くには迂回する形になること)、表口シャッター
は表通りに
- 112 -


面しており、開けると音が出るから、ここから犯人が侵入・脱出する可能性は常識的に考
えても低いこと等を合わせ考えると、犯人が裏口から脱出したとの第一審判決の判断自体
は相当と認められる。
 したがって、本鑑定書により裏口からの脱出が不可能であることが明らかになったとす
る弁護人の主張は採用することができない。

4 横田鑑定書について
 横田鑑定書の内容は、「北条報告書に添付された写真三葉(添付写真(一)は、捜査官が
製作した左右の扉の模型が閉じている状態での全景を撮影したもの、同(二)及び(三)
は、左
- 113 -


右の扉の下方の隙間に人が身体を入れている状態を撮影したもの。ただし、写真(二)及
び(三)には扉の上部の留め金付近は撮影されていない)を接写拡大した写真を用いて、
左右の扉の開き具合を右(二)及び(三)の拡大写真上で計測し(左側の扉の縦框の稜線
上に代表的なポイントを一三点選び、その各ポイントの高さyを計測し、また、この各ポ
イントにそれぞれ対応する点を右側の扉の縦框の稜線上にとり、左側の扉の縦框の稜線上
の各ポイントと右側の扉の縦框の稜線上の書く対応点との距離xを計測する)、その結果、
左右の扉の開き具合は、上方部分にしなりがみられると判断し、そのしなりの曲線を最小
二乗近似多項式を決定する計算機
- 114 -


プログラムを用いて求め、その曲線を二次関数と判断して、右二次関数上でxの値がゼロ
となる位置(左右の扉が接する位置)を計算した結果、その位置は、拡大写真(一)との
比例計算により推定される拡大写真(二)及び(三)における留め金の位置よりも、約一.
八倍ないし一.九倍上方になること等から、北条報告書添付写真(二)及び(三)におい
て上部留め金の位置で左右の扉が接しているとは考えにくい」とするものであり、弁護人
は、「本鑑定書により、北条報告書添付写真(二)及び(三)は、上部留め金がかかってい
ない状態で撮影したものであることが明らかになった」と主張する。
 しかし、本鑑定書は前記のとおり、左右の扉の開き具合
- 115 -


を計測するにあたり、左右の扉の縦框の稜線上に設定した各ポイント間の距離を計測する
という方法をとっているのであるが、本鑑定に使用された北条報告書添付写真の接写拡大
写真はかなり不鮮明なものであって、右拡大写真上の各框の稜線を正確に特定することは
極めて困難である。のにならず、北条報告書添付写真(二)及び(三)の扉の縦框の稜線
付近は、人の身体や留め金等で隠れている部分が多く(特に写真(二)については左側の
扉の稜線上に選んだ一三のポイントのうち、八ポイントが身体で隠れている)、右部分の各
ポイントの位置は、本鑑定人が推測して決定したものと考えざるをえない。このように、
個々のポイントの位置を
- 116 -


決定するための基礎となる各框の稜線自体が不鮮明で正確に特定できないうえ、推測に基
づく特定部分も多数含まれているのであるから、そうした框の稜線上に設定した各ポイン
ト間の距離を測定した結果というものは、かなり恣意的な数値といわざるをえない。そう
してみると、仮に、扉の開き具合のしなりの曲線を二次関数として左右の扉が接する位置
を計算し、それを拡大写真(一)との比例計算により推定される留め金の位置と比較する
という本鑑定書の方法が是認できるものとしても、このような恣意的な数値をもとに計算
して得られた結論をそのまま受け入れることは困難である。
- 117 -


 したがって、本鑑定書により、北条報告書添付の写真(二)及び(三)は、上部留め金がか
かっていない状態で撮影したものであることが明らかになったとする弁護人の主張は採用
することができない。

5 再現実験報告書等について
 本報告書の内容は、「北条報告書に添付された写真三葉がどのような方法で撮影されたか
を明らかにするため、捜査官が実験用に製作した裏口扉と同様の材質、構造、大きさの扉
を製作(扉の寸法は、現場の裏口扉の高さと横幅の寸法と、北条報告書添付写真の縮尺を
計算して算出した寸法とにより、材質は、写真から杉材と推定し、ヒンジ及び
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かんぬき金具については、証拠物の寸法を実測して製作したとする)して実験を行った結
果、@本実験で新たに製作した扉(二枚の扉を内側に引っ張って開く構造)の内側の上部
留め金を外しておき、扉(二枚のうちの大きい方の扉)の外側の上部に別に金具を取り付
け、補助者にこの金具を外側から引っ張り続けさせたまま、被験者が二枚の扉の隙間にで
きるだけ体を入れた状況を撮影してみたところ、北条報告書添付写真(二)及び(三)が
ほぼ再現できたこと、A扉の上部留め金をかえた状態のまま、扉の隙間に人が体を入れた
ところを写真撮影しようとしたが、隙間に体の全体を入れることは不可能であることが明
らかになった」とするも
- 119 -


のであり、弁護人は、「本報告書から、北条報告書及び北条証言は、実験の内容を偽って捜
査報告書を作成し、あるいは公判廷で供述したものであることが明らかになった」と主張
する。
 しかし、本報告書は、「捜査官が実験用に製作した裏口扉と同様の扉を製作した」とする
ものの、北条報告書には、捜査官が製作した裏口扉に関しては「現物寸法を指示して製作
せしめた」と記載されているのみで、その寸法、材質、構造等についての具体的な記載は
いっさいなく、本件裏口扉の現物の寸法、材質、構造等についても確定記録中に詳細な記
載がないことは前述のとおりである。そうしてみる
- 120 -


と、このような不十分で間接的な資料によって製作された扉が、捜査官が実験用に製作し
た裏口扉を正確に再現したものといえるのかについては、多分に疑問の生ずるところであ
る。
 さらに、本報告書は、「前記のような方法で、北条報告書添付写真(二)及び(三)をほ
ぼ再現することができたから、右(二)及び(三)の写真は、上部留め金をかけないまま
撮影したものであることが明らかになった」とするのであるが、その内容は、結局のとこ
ろ、本報告書が採用した方法によっても北条報告書添付の(二)及び(三)とほぼ同様の
写真を撮影することが可能であったということを意味するにとどまるので
- 121 -


あって、右(二)及び(三)の写真が、本報告書の採用した方法によって撮影されたもの
であるということまでを断定しうるものではない。また、北条報告書添付の(二)及び(三)
の写真と、その再現写真であるとする本報告書添付の写真とを比較すると、双方の写真は、
扉の隙間に人が体を入れている状態が似ているだけであって、左右の扉の隙間の開き具合
については、北条報告書添付の(二)及び(三)の写真の方が本報告書添付写真よりもたわみ
が大きく、扉の上部の隙間がより狭くなっていることが明らかに認められ、そうしてみる
と、扉の上部留め金付近の隙間も、捜査官の実験時の方が小さかったことは明らかであっ
て、本実験により、右(二)及び(三)
- 122 -


の写真をほぼ再現できたとする弁護人の主張は失当である。
 本報告書が、「上部留め金をかけたままの状態では扉の隙間に人の体全体を入れることは
不可能であったことが明らかになった」とする点についても、前記のとおり、本報告書記
載の実験に用いた扉が捜査官が使用した扉を再現したものといえるかについて多大な疑問
があること、本報告書添付の写真と比較して、北条報告書添付の写真の方が扉の隙間の開
き具合のたわみが大きいことに照らすと、本報告書記載の実験の際に扉の隙間に人の体を
入れることが不可能であったからといって、捜査官の実験の際にも同じであったことが証
明されたとはいえないのであって、本報告
- 123 -


書のこの点に関する結論も受け入れがたい。
 したがって、本報告書記載の実験をもって、捜査官の実験の再現とみることはできず、
北条報告書及び北条証言が虚偽であるとする弁護人の主張は採用することができない。

6 以上のとおりであるから、第一審判決が、証拠として採用しなかった北条報告書を根
拠として脱出口が裏口である旨認定しているとする弁護人の主張は失当であり、弁護人が
新たに提出した前田鑑定書、横田鑑定書及び再現実験報告書等の各証拠をもって、請求人
に無罪を言い渡すべき明らかな証拠ということはできないし、また、右各証拠によって、
北条証言が偽証であることについての確定判決に代わる
- 124 -


証明があったとみることもできない。

二 凶器に関する所論について
1 本件くり小刀と本件鞘との不一致に関する所論について
 弁護人は、「井野鑑定書(本件くり小刀は、根元部において刃体の幅のほうが本件鞘より
〇.二ミリメートル大きく、鞘に入りきらないが、本件くり小刀と同種のくり小刀の加熱
実験の結果によると、加熱による刃体の膨張は〇.一ミリメートル以下と考えられ、本件
くり小刀と本件鞘が一対のものとして製作されたと考えることは困難であるとする)及び
伊藤鑑定書(本件くり小刀と同種のくり小刀を鑑定資料として、その鞘を水に一〇時間浸
けた後、自然乾燥
- 125 -


をしても、三一時間後では収縮しないという結論が得られたとする)により、本件くり小
刀の刃体の幅は、本件鞘よりも大きいこと、火災による刃体の変化も、水濡れによる鞘の
変化も、こうした不一致の原因とはなりえないのであるから、本件くり小刀と本件鞘とは
もともと一対のものではなかったことが明らかになった」と主張する。
 しかし、確定記録中、刃物卸商の山田才一の司法巡査に対する供述調書(確定記録第一
六分冊一九七二丁以下)及び木鞘製作業者の宮本義雄の司法警察員に対する供述調書(同
一九八七丁以下)によると、右両名は、昭和四一年七月九日、本件くり小刀の刃体を本件
鞘に入れてみた結果、
- 126 -


ぴったり入った旨述べているのであって、当時、本件鞘と本件くり小刀の刃体が一致した
ことは明らかであり、事件から一五年以上も後に本件くり小刀と本件鞘とを測定したとこ
ろ、刃体の幅が鞘のそれよりも大きかったとする井野鑑定書を根拠として、もともと本件
くり小刀と本件鞘とが一対のものではなかったと解することはできない。また、弁護人は、
伊藤鑑定書に基づき、水濡れによる鞘の変化は、くり小刀と鞘との不一致の原因とはなり
えないと主張するが、右鑑定書の内容は、鞘を一〇時間浸水させても三一時間後に元の寸
法に戻らなかったというものにすぎないうえ、同鑑定書には、この点についてはより精度
の高い
- 127 -


実験をすることが望ましいと記載されているところ、弁護人からこれを補完する証拠は提
出されておらず、伊藤鑑定書が、弁護人の右主張を裏付けるものとはいえない。
 よって、この点に関する弁護人の主張は失当であり、井野鑑定書及び伊藤鑑定書をもっ
て、請求人に無罪を言い渡すべき明らかな証拠とはいえない。

2 被害者らの各成傷と本件くり小刀との不一致に関する所論について
 (一) 控訴審判決は、前記第一の三1(三)記載のとおり、被害者らの各成傷と凶器と
の関係について、第一審における鈴木鑑定、山下鑑定に加え、上野鑑定(本件くり小刀は
- 128 -


本件成傷器として格好なものと考えられるとする)、内藤鑑定(右上の鑑定の結論を支持す
る)、被害者らの各刺切創の状態、本件くり小刀や本件鞘に関する種々の証拠等をもとに、
本件の凶器は、本件くり小刀であると認めるに十分であると判断している。
 なお、本件くり小刀について、控訴審判決は、「全長一七.二センチメートル、刃長一二
センチメートル、刃巾二.二センチメートルであり、先端が約一センチメートル内外折損
していること、その折損の生じた時期については火災前という以外不明であることが明ら
かである」としており、弁護人が押田回答書と同時に提出した弁護
- 129 -


人小倉博作成の平成元年八月一八日付け報告書は、本件くり小刀の欠損部分の正確な長さ
を割り出すことは不可能であるとしたうえ、右欠損部分の参考数値として一.八五ないし
二.五センチメートルとの数値をあげている。

(二) この点に関して弁護人が提出する各証拠について順次検討する。
(1) 押田回答書について
 押田回答書の内容は、「上野鑑定及び鈴木鑑定の記載等を総合すると、扶示子の左胸部に
みられた創傷のひとつは、『左乳嘴外方五.〇センチメートルの部分から左第五肋骨を切離
し、肺臓を貫通し、心嚢を貫通
- 130 -


し、左心室を貫通し、第九胸椎左側を鋭利に切断』した可能性が推察される」としたうえ
で、「右刺創管の長さを推定するため、扶示子の被害当時の年齢(一七才)、慎重(約一五
九センチメートル)、体重(約六〇キログラム)及び胸囲(約八七センチメートル)(以上
の数値は、英和女学院作成の証明書に記載されている昭和四一年四月当時の扶示子の身体
測定結果による)に類似した年令、体型の女性二名(ボランティア)(一名は、年令一八才、
身長約一六〇センチメートル、体重約六一キログラム、胸囲約九〇センチメートルで、他
の一名は、年令一九才、身長約一五九セン
- 131 -


チメートル、体重約六一キログラム、胸囲約九〇センチメートル)の外表(左乳頭外側五
センチメートルの部分)から胸椎左側までの距離を、胸部CT撮影をしてそのCT画像に
より計測したところ、一名は一七.八センチメートル、他の一名は一五.九センチメート
ルであったことから、扶示子の右刺創を形成した刃器は、一七.八センチメートル前後又
はそれ以上、あるいは一五.九センチメートル前後又はそれ以上と推定されるので、皮膚・
皮下軟部組織の若干の陥凹を考慮したとしても、本件凶器とされるくり小刀では、扶示子
の前記刺創は成傷不可能ではないかと判断される」
- 132 -


とするものである。
 しかし、本回答書は、年齢、体型が扶示子と類似しているとする女性二名の外表から胸
椎左側までの距離を胸部CT画像によって計測した結果を、そのまま扶示子の外表から胸
椎左側までの距離であると推定しているが、年齢や身長・体重・胸囲がある程度類似して
いたとしても、外表から胸椎左側までの距離には相当程度個人差があると考えられること、
本回答書で計測されているのは僅か二例にすぎず、その二例を比較してみても、外表から
胸椎左側までの距離について、両者の間に約一.九センチメートルもの差異が認められ
- 133 -


ること、扶示子と年齢、体型が類似しているとされている右二名は、いずれも胸囲が約二.
八センチメートル扶示子よりも大きい等無視しがたい差異がみられること等に鑑みると、
こうした二名の女性の外表から胸椎左側までの距離を計測し、その結果をもって、扶示子
の外表から胸椎左側までの距離であると結論づけ、これによって扶示子の右刺創管の長さ
を推定するのはいささか無謀というほかない。
 また、被害部位は、弾力性、可動性に富んでいる年齢一七才の女性の左胸部であるから、
刃物で刺突された際には、皮下軟部組織が相当程度くぼむものと考
- 134 -


えられるが、本回答書では、そうした点については具体的な考察を加えることなく、刺創
管の長さは、静止状態における外表から胸椎左側までの距離をCT画像上で計測した長さ
の前後あるいはそれ以上であると推定しているのであって、この点も受け入れがたい。
 そうしてみると、扶示子の刺創に関する押田回答書の結論は、とうてい受け入れること
ができず、右回答書を確定判決の認定を覆すに足りる明白な証拠とみることはできない。
 なお、弁護人は、押田回答書に基づき、雅一郎の肝臓に達する損傷も本件くり小刀とは
適合しないことが
- 135 -


明らかである旨主張するが、本回答書には、右刺創については、結論として「一般的には、
本件凶器とされるくり小刀でも成傷可能性はあると思われる」と述べているのであって、
本回答書の内容が弁護人の主張を裏付けるものとはいえない。

(2) 横山鑑定書について
 横山鑑定書は、「雅一郎の肝臓に達する刺創は、同人の死体の解剖記録である山下鑑定に
よると、第六肋軟骨を斜めに貫通し、右胸腔、横隔膜中央前方を経由して肝臓に達してい
る(肝臓の刺創の深さは四.〇センチメートル)とされているところ、この第六肋軟骨
- 136 -


を斜めに貫通した刺創の長さは一.二センチメートルであるとされている。そして、本件
くり小刀は、刃幅が一.二センチメートルとなっている部分からその先端までの刃の長さ
は五.七センチメートル以下であるから、くり小刀で形成される第六肋軟骨から先の刺創
の深さも五.七センチメートル以下となると考えられるところ、前期のとおり、肝臓には
深さ四.〇センチメートルの刺創が形成されているので、雅一郎の第六肋軟骨から肝表面
までの距離は一.七センチメートルしかないことになる。そうすると、成人男子の第六肋
軟骨から肝表面までの実距離とされている八.〇セン
- 137 -


チメートル以上という数値と比較して大きな差があるから、右刺創を形成した凶器は、刃
長一三.六センチメートルの本件くり小刀よりも、もっと細くて長いものであったと考え
られる」等とし、「被害者らには、本件くり小刀では成傷不可能な傷があると考える」とす
るものである。
 しかし、本鑑定人が、本件くり小刀について、その刃幅が一.二センチメートルとなっ
ている部分からその先端までの刃の長さを五.七センチメートル以下であると断定する論
拠は、「上野鑑定に添付されている本件くり小刀の写真を観察したところ、刃の部分に多
- 138 -


少膨らみがあるので、これを参考にして右のように考えたものである」という程度のもの
にすぎず、それ以上の根拠は示されていないのであって、その結論は是認することができ
ない。また、第六肋軟骨から肝表面までの実距離が八.〇センチメートル以上であるとす
る点も、身長一七〇センチメートル、体重七二キログラム、年齢・肥満度不詳の成人男子
のCT画像における距離が八.〇センチメートルであったという一例のみを論拠とするも
のであるうえ、雅一郎が当時一四歳の若年で皮膚や胸郭に相当弾力性があったと考えられ
ること、肝臓の位置には個人差があり、横隔膜の動き
- 139 -


によっても動くものであること、上野鑑定によると雅一郎の胸腔内が陰圧であった可能性
があるとされていること(確定記録第二六分冊一五〇四丁)等についても何ら考慮されて
いないこと等に照らすと、この点に関する横山鑑定書の結論を受け入れることはできない。
 さらに、横山鑑定書が扶示子の刺傷等を検討するなかで、「凶器で胸骨体を貫通するには
『ものすごい力』が必要であり、くり小刀のような凶器では一回の刺力のみで貫通できな
いと思われる」等としている点は、控訴審における内藤鑑定(くり小刀を用いた過去の解
剖例等を調査したうえで、本件くり小刀による被害者
- 140 -


らの各成傷は可能とする)により否定されていること等に照らして受け入れることができ
ない。
 以上の次第であるから、横山鑑定書の内容は、全般に信用性に乏しく、これを確定判決
の判断を覆すに足りる明白な証拠とみることはできない。

(3) 津田鑑定書について
 津田鑑定書(平成五年一〇月七日付けのもの)は、扶示子の刺創について、「鈴木鑑定書
によると、同女の胸腔内に達する傷のうち、左心室後壁肺動脈弁口より下二.五センチメ
ートルの部分の心外膜に認められる切創は、第九胸椎左側一.一センチメートルの肋膜
- 141 -


を鋭利に切断しているところ、この切創について同鑑定書には、体表より創底までの創洞
の深さの記載はないが、身長一五九センチメートルで同鑑定書に添付されている写真から
想定される栄養体格の女性屍の場合、左前胸部の体表より第九胸椎の左側の肋膜に達する
刺創を与える場合は、一七歳という若い年齢を考慮に入れたとしても、(刺創の深さは)一
七ないし一八センチメートルであり、胸骨体や胸骨柄を貫通させた後の創傷では弾力性は
殆どなく、一三センチメートル長のくり小刀では成傷不可能といえよう」、「右傷の創口を
検討するに、凶器の刃幅は二ないし三センチメートル
- 142 -


であり、この最大幅を検討した場合、本件くり小刀で前胸部より背面の肋膜を貫通するこ
とは不可能であり、刃長がより長い凶器でなければならない」とする。
 本鑑定書が、扶示子と右刺創が本件くり小刀で成傷不可能との結論を導く論拠として述
べるところは、右に記載した内容にとどまるので、必ずしも明らかではないが、同鑑定書
中には、刺創の長さを一七ないし一八センチメートルとする点及び右刺創を胸骨体や胸骨
柄を貫通した後の創傷であるとする点の根拠について全く記載がなく、扶示子の死体の解
剖記録である鈴木鑑定書(確定記録第一二分冊八一三丁以下)の記載内
- 143 -


容を検討してみても、右刺創が胸骨体や胸骨柄を貫通した後の創傷であるとは解しがたく、
さらに、扶示子の創傷を分析している上野鑑定も、本創傷を胸骨体や胸骨柄を貫通した後
の創傷と解していない。
 そうしてみると、刺創の長さが一七ないし一八センチメートルであり、胸骨体や胸骨柄
を貫通させた後の創傷であることを論拠として、扶示子の本刺創は本件くり小刀では成傷
不可能であるとする津田鑑定書の結論も受け入れることができない。
 また、津田鑑定書は、「雅一郎の肝臓に達する刺創が本件くり小刀で成傷可能か」との鑑
定事項について、
- 144 -


「力強く刺し、さらに凶器が胸腔内で下方斜めに動いた場合は成傷は可能であるといえよ
う」として、「成傷を全く否定することは不可能であるが、肯定するには、物理的にはやや
無理な条件といえよう」と述べ、さらに、「被害者四名の遺体に残された多数の傷痕から推
定される成傷器(凶器)は単数か複数か」との鑑定事項について、「本件くり小刀によって
は、扶示子の前記第九胸椎左側の肋膜に達する刺創を与えることは不可能であり、また、
雅一郎の前記肝臓へ至る刺創についてはやや無理があるが、その他の創傷は形態が類似し
ており、やや類似した複数の成傷用器で成傷さ
- 145 -


れた可能性は十分に考えられる」としたうえ、「被害者らが多数の防御創を有しているため
に、単一者では、被害者四人を次々と刺創することができないと考えるのが通常の考え方
であるが、一人の被告人により一家三人、四人が同時に殺されている事例は、我々法医学
者が経験しているところであるから、これを全く否定することはできない」としているに
とどまるから、いずれの点においても確定判決の認定を否定する内容のものとはいえない。
 以上のとおり、津田鑑定書は、扶示子の刺創に関する点については、その結論を受け入
れることができな
- 146 -


いし、その余の点については、確定判決の認定を否定するに足りる内容のものではないか
ら、本鑑定書を確定判決の認定を覆すに足りる明白な証拠とみることはできない。

(4) 白砂調査報告書及び白砂研究報告書について
 右報告書二通の内容は、「本件被害者四名の死体の各創傷の傷口の縦幅と創洞の深さの関
係を示す相関グラフを作図し、各被害者の成傷形状をパターン分けして検討したところ、
本件くり小刀で形成されたとは考えられない数種の創傷形状パターンの存在が明らかにな
った」等とするものであるが、右報告書は、創傷
- 147 -


の傷口の閉じた状態での創縁の長さを「ピタゴラスの定理」に基づく計算によって求める
等とする実証的な論拠に欠ける独自の見解を述べるにとどまり、確定判決の認定を覆すに
足りる新規・明白な証拠とはいえない。

(5) 扶示子の左前頭部の円形陥没様成傷の状況を示す鑑定書添付写真の拡大写真等に
ついて
 これらの点に関して弁護人が提出する各証拠は、取調べ済みの証拠の一部を拡大した写
真二枚等であって、これらを新たな証拠と認めることはできない。また、これらの写真等
から、扶示子の死体の頭部の陥没様成
- 148 -


傷は、本件の犯人が円形鈍器で殴打したものと断定できる等とする弁護人の主張は、とう
てい採用することができない。

(6) 動物屍体刺突実験報告書について
 右報告書は、「特製品として発注、作製させた本件くり小刀と同一銘柄のくり小刀で屠殺
後数時間を経た豚の屍体を無作為に数回刺突したところ、刃先が二ミリメートル欠け、さ
らに肋骨部に向かって数回切離を試みたが、はね返されて全く受けつけず、なお繰り返す
と、くり小刀は折損した等の結果となり、本件くり小刀の強度は連続して四名を殺害する
に耐えない」と
- 149 -


するものである。
 しかし、控訴審において「本件くり小刀の性状等からみて、本件くり小刀が犯行に使用
された唯一の凶器であるとすることに矛盾・疑問はないか」との点について、東京大学医
学部法医学教室教授内藤道興による鑑定が行なわれており同鑑定では、「本件記録の審査及
びくり小刀を成傷器とする過去の解剖例の調査結果から、本件くり小刀を犯行に使用され
た唯一の凶器であるとすることに矛盾・疑問はないと思料される」と結論しているのであ
って、豚の屍体をくり小刀で刺突する実験の結果が、右内藤鑑定の証明力に影響を与え
- 150 -


るものとは考えられない。

(三) 以上のとおりであるから、被害者らの各成傷と本件くり小刀との不一致に関する
所論に引用する各証拠は、いずれも、請求人に無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠とい
うことはできない。

3 本件くり小刀の購入可能性に関する所論について
 弁護人は、「『高橋福太郎、同みどりの証言の録音テープ反訳書』と題する書面等新たに
提出する証拠によると、沼津市の菊光刃物店の高橋みどりは、警察官が同店に持ってきて
同女に示したとされる請求人を含むこがね味噌従業員の写真には全く見覚えがなかったこ
とが明らかとなり、
- 151 -


請求人が同店で本件くり小刀を購入した可能性が否定される」等と主張する。
 しかし、控訴審判決が指摘するように、第一審判決は、本件直後の昭和四一年七月ころ、
沼津市菊光刃物店に来た警察官が、こがね味噌従業員の写真二〇枚を右刃物店主の妻の高
橋みどりに示したところ、同女が請求人の写真をさして「見覚えがある、二、三か月前こ
ろに見たような感じがする」旨述べたこと及び同店では本件くり小刀と同様のくり小刀を
一本五〇〇円で販売していること(これらの点については、控訴審での同女の供述に徴し
ても疑問は生じなかったとされている)等の事実を摘示するにとどま
- 152 -


り、これらの事実から請求人が同店で本件くり小刀を購入したとまで認定しているもので
はないから、この点に関する弁護人の主張は、請求人が本件犯行の犯人であるか否かにつ
いての判断に影響を与えるものではない。
 なお、弁護人が提出する各証拠は、質問者らの高橋みどりらに対する質問とその応答を
収録した録音テープを反訳したものであるが、これらの内容を検討すると、同女らに対す
る質問中には、「袴田が買いにきたとすれば殺人のために買いにきたことになる。すると何
かピンとくるでしょうね」等適切を欠くところが多々認められるほか、同女らの応答の内
容をみても、請求人の写真に見覚えがなかった
- 153 -


とする点以外は甚だ曖昧なものであるし、請求人の写真に見覚えがあったのか否かについ
て、第一審及び控訴審での公判廷における供述を否定する理由も明らかにされておらず、
かつ、同女らの応答の内容が、第一審及び控訴審での公判廷における供述と異なっている
ことを同女らにおいて自覚しているのかについても疑問であり、右各証拠が、確定判決の
認定を左右するものでないことは明白である。

三 一号タンクから発見された五点の衣類に関する所論について
1 端布発見の経緯に関する所論について
 弁護人は、「第一審及び控訴審判決は、こがね味噌から
- 154 -


請求人の実家に送られてきた請求人の荷物の中に本件端布があったと認定しているが、新
証拠である昭和四一年八月二一日の毎日新聞記事によると、請求人が被害者らの葬儀の際
に喪章を着用していたことが認められるから、請求人の右荷物の中にあったのは、この喪
章と考えるのが自然である」旨主張するが、請求人の実家の整理ダンスの中から本件端布
が発見された経緯は控訴審判決が前記第一の三2(一)に記載のとおり詳細に認定してい
るところであり、弁護人提出の右新聞記事が右認定に影響を与えるものでないことは明白
である。

2 五点の衣類の入った麻袋が一号タンクに入れられた時期
- 155 -


に関する所論について
 弁護人は、「@新証拠である味噌タンク実験報告書により、本件の四日後に警察が工場内
を捜索した際、一号タンク内に本件麻袋は入っていなかったことが明らかとなり、また、
A新証拠である小川写真報告書等により、本件麻袋は、控訴審において鑑定人砺波宏明が
提出した麻袋(本件麻袋と類似の麻袋を八二日間味噌漬けにしたもの。東京高裁昭和四四
年押第六三号の一二三)よりも短時間しか味噌漬けになっていないことが明らかとなった
から、本件麻袋が一号タンクに入れられた時期は、昭和四一年七月二〇日に一号タンクに
新たに仕込まれた味噌が出荷のために取り
- 156 -


出され始めた昭和四二年七月二五日以降、本件麻袋が発見された同年八月三一日までの間
であり、本件犯行の直後ではない」等と主張する。
 そこで、弁護人提出の右各証拠について順次検討する。

(一) 味噌タンク実験報告書について
 本件報告書の内容は、「本件麻袋が隠されていた工場の一号タンクと同じ大きさのタンク
の模型を制作し、本件五点の衣類及び本件麻袋と同様の衣類、麻袋及び八〇キログラムの
味噌を使用して実験したところ、@犯人が犯行直後、一号タンクに麻袋を隠したと想定す
ることは極めて非現実的であり、不合理であること、A昭和四一年
- 157 -


七月四日に工場を捜索した警察官らに右麻袋が発見されなかったことからすると、当時麻
袋が一号タンクに入っていたとはとうてい考えられないこと及びB事件直後の一号タンク
内の味噌の量は、控訴審判決が認定した量よりもかなり少なかったことが明らかになった」
等とするものである。
(1) 本実験は、犯行直後の一号タンク内の味噌の量が八〇キログラムであることを前
提としているので、まず、この点につき検討する。
 控訴審判決は、この点に関する第一審の証人望月倶輔(こがね味噌製造課長。会社の帳
簿から計算すると、
- 158 -


事件直後の味噌の量は一六〇キログラム位であるとし、その量なら、中心部はある程度底
までいっているが、外壁部は底部から二、三〇センチメートル位あると思うとする。確定
記録第五分冊一七四〇丁以下)、同村松喜作(こがね味噌従業員。昭和四一年六月二六日こ
ろから同月二九日ころまでタンクのまわりを掃除したときに、一号タンクの内部を見たと
きの記憶では、味噌は二〇〇キログラム位あったと思うとし、薄いところでは底の見える
ところもあったとする。同一七九九丁以下)、同岩崎和一(こがね味噌従業員。供述内容は
後記のとおり。同一七六六丁以下)、控訴審の証人
- 159 -


岩崎和一(供述内容は後記のとおり。同第二四分冊一〇八八丁以下)の各供述に照らし、
昭和四一年六月三〇日ころ、一号タンク内には相当量の味噌が残っており、内壁部付近、
特に奥のほうには、二、三〇センチメートル位の高さまで残っていた可能性があると認定
し、また、前記証人望月、同岩崎、第一審の証人富安要(警察官。工場捜索時の捜査責任
者であって、本件麻袋発見後の部下の報告では、工場捜索時、一号タンクに味噌は三分の
一位しかなかったとする。確定記録第五分冊一九三〇丁以下)及び控訴審の証人栢森光衛
(警察官。工場捜索時に一号タンクの中を見たところ、
- 160 -


タンクの深さはわからなかったが、上から一二〇センチメートル位までのところには、味
噌があったように記憶しているとする。確定記録第二三分冊三三七丁以下)の各供述によ
ると、六月三〇日以後味噌が出された可能性は薄く、捜索の際にもタンク内には半分より
少なかったが、なお相当量の味噌が入っていたと認定している。これに対し、本実験報告
書は、前記各証人中、岩崎和一は、在庫調べのためできるだけ正確に記録しようという目
的で味噌の量を確認したのであるから、犯行直後の一号タンク内の味噌の量については、
八〇キログラムとする同人の供述が最も信用性が高い
- 161 -


と主張する。
 しかしながら、同人の第一審及び控訴審における供述内容の要旨は、「昭和四一年七月四
日に工場の捜索が行われたすぐ後、一号タンクの在庫調べをしたが、味噌は約八〇キログ
ラム以上あったと思う。あのときは、作業が遅れていたので、仕込み作業をやってから遅
くなったので急いで調べた。その方法は、タンクの上のビニールを持ち上げて電灯をつけ
ずにタンクの中をさっと覗いて見た程度である。目測なので違いがある。味噌は軽く山に
なっていたと思う」(第一審)、「八〇キログラム以上あったというのは大体の見当で
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あり、他の人が六月末の在庫量が一六〇キログラム位あったというが、それが誤りである
かどうかはっきりしたことはわからない。在庫調べのときは、多すぎるのはまずいという
ことになるので、自分は、なるたけ少なめにしていた」(控訴審)等とするものであって、
同人が、できるだけ正確に味噌の量を記録しようと意識して確認したものとは思われず、
同人の味噌の量に関する供述を信頼性の高いものとみることはできない。そうしてみると、
本実験報告書が、岩崎和一の供述のみを重視し、控訴審判決摘示のその余の証拠を無視し
て、本件犯行直後の一号タンク内の味噌の量を八〇キ
- 163 -


ログラムであると断定したことは、根拠に乏しいというべきである。

(2) 次に、本実験の内容を個別的に検討する。
 本実験報告書は、@「一号タンクの大きさを再現したタンク内に七一.二キログラム(八
〇キログラムから五点の衣類の入った麻袋の重さを差し引いたもの)の味噌を入れて実験
したところ、味噌を集めれば、五点の衣類入りの麻袋を外部から直接見えなくすること自
体は可能であるが、一号タンクは、工場従業員の出入りが可能であり、味噌がいつ取り出
されるかわからないこと、警察の捜索が予想されること、隠す作業が
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大変であること等から、犯人がこのような作業をしたと考えることは、非現実的で不合理
である」とし、A「警察官が昭和四一年七月四日の捜索時に味噌の中をつつけば容易に麻
袋を発見できた、あるいは八〇キログラムの味噌全部を取り出すことも可能であったこと
等から、工場を捜索した際、警察官らによって右麻袋が発見されなかった以上、当時麻袋
が一号タンクに入っていたとはとうてい考えられない」とするのであるが、これら@、A
の点は、いずれも本報告書作成者ないし実験者の見解を述べているにすぎないものであり、
実験の結果から新たな事実を明らかにしたものではな
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いというべきである。また、B「事件直後の味噌の量は、控訴審判決が認定した量よりも
かなり少ない量であったことが明らかになった」とする点も、八〇キログラムの味噌を一
号タンクの模型に入れても、タンクの外壁部が二、三〇センチメートルの高さにはならな
いこと等を検証しているにすぎないのであって、右実験結果に特段の意味があるものとは
認められない。
 以上のとおりであるから、味噌タンク実験報告書は、タンク内の味噌の量を八〇キログ
ラムと断定するところに問題があるのみならず、その内容も、結局のところ、本報告書作
成者ないし実験者の見解を述べるもの
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にすぎないのであって、控訴審判決の前記認定を覆すに足りる明白な証拠とはとうてい認
めがたい。

(二) 小川写真報告書について
 この点に関して弁護人が提出する小川写真報告書等の証拠は、いずれも、証拠物として
取調べ済みの本件麻袋及び砺波鑑定人が提出した麻袋(東京高裁昭和四四年押第六三号一
二三)の状態を写真撮影したもの、ないしはその状態を報告したものにすぎず、新規性を
有する証拠とは認めがたい。
 なお、付言するに、鑑定人砺波宏明作成の昭和四七年八月一一日付け鑑定書(確定記録
第二五分冊二〇三丁以下
- 167 -


)によると、「本件ズボンが味噌による物理的化学的影響を受けているか等を鑑定するため、
本件端布から切り取った布等を本件麻袋と類似の麻袋に包んで、昭和四七年四月一七日、
味噌に投入し、同年五月一〇日に取り出してみたところ、味噌は殆ど浸透していなかった
こと、同日、再投入し、同月一七日に取り出してみたところ、未だ浸透は不十分であった
こと、同日、再々投入し、同年七月七日(導入後八二日後)に取り出してみたところ、味
噌の浸透の程度が外見的に事件当時とほぼ同様となった」とされている。そうしてみると、
砺波鑑定人が提出した麻袋は、右昭和四七年七月七日の時点では、味噌の
- 168 -


浸透状況が本件麻袋と外見上はほぼ同様であったものと考えられるのであり、また、本件
麻袋と砺波鑑定人が提出した麻袋のその後の取扱い方や補完状態に差異があったであろう
ことを無視して、右各麻袋の現時点での状態を比較検討することは相当でないというべき
である。
 さらに、弁護人は「一号タンクに本件麻袋が入れられた時期は、新たに仕込まれた味噌
が出荷のために取り出された昭和四二年七月二五日以降、本件麻袋が発見された同年八月
三一日までの間である」と主張するが、右砺波鑑定書によると、二四日間味噌に漬けた段
階では、味噌は殆ど浸透していなかったとされ、三一日間漬けた段階
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でも、未だ浸透は不十分であったとされていること(弁護人の主張を前提とすると、本件
麻袋は最長でも七月二五日から八月三一日までの三八日間しか味噌の中に漬けられていな
かったことになるから、右程度の日数では、本件麻袋への味噌の浸透はいまだ不十分であ
ったはずであるのに、本件麻袋には相当量の味噌成分が浸透していたこと)及び一号タン
クには、深さ一.六七メートルのタンクの上部までいっぱいに味噌が入れられていたので
あるから、味噌の出荷が始まった同年七月二五日ころに、底から三.五センチメートルの
ところに本件麻袋を隠すことは実際上不可能であると思われること等に照らすと、
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弁護人の右主張はとうてい採用することができない。

3 本件ズボンのサイズに関する所論について
 この点に関する弁護人安倍治夫の主張は、「控訴審における弁護人の『本件ズボンは請求
人には小さすぎてはくことができないので、請求人のものではない』との主張は、証拠的
基礎に弱みがあり、本件ズボンのウエストサイズは、ほぼ八〇センチメートルと確定され
るところ、右サイズは、請求人のウエストサイズより四センチメートル大きいから、本件
ズボンは、衣服の趣向に厳格な請求人のものではありえない」とするものである。
 しかし、安倍弁護人の提出する各証拠は、「請求人は、
- 171 -


拘置所内においても身だしなみに気をつけていた」等という程度の曖昧な内容のものにす
ぎず、本件ズボンが請求人のものでないことを明らかにするものとはとうていいえない。

4 衣類に付着した血痕の不自然さに関する所論について
 この点に関して弁護人が提出する証拠は、証拠物として取調べ済みの衣類を新たに写真
撮影したものや、請求人作成の書簡(右書簡中に、一号タンクから衣類が発見されたこと
について「これで益々有利になった」とする記載があること等をもって、新規・明白な証
拠とする)等であって、とうてい新規・明白な証拠とみることはできないし、弁護
- 172 -


人の主張は、本件ズボンの血痕に動的飛散性がないから捏造されたものであると断定する
等、一面的な立論であって、採用することができない。

5 衣類の損傷等に関する所論について
 この点に関して弁護人が提出する証拠は、証拠物として取調べ済みの本件半袖シャツを
新たに写真撮影したものや、穿孔の状態を図示したものにすぎず、新たな証拠とみること
はできないし、弁護人の主張も、右半袖シャツの右肩部に二個の穿孔のみが存在していた
ことは証拠上明白であるところ[司法警察員作成の昭和四二年九月四日付け実況見分調書
(確定記録第一七分冊二二八六丁ないし二二八九丁)
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及び弁護人上田誠吉が昭和四六年一二月二〇日撮影した写真(同第二七分冊一六〇三丁な
いし一六〇五丁)]、事件の約二五年後の平成四年に至って、弁護人が第三の微細穿孔が存
在することを発見した等とするものであって、とうてい採用することができない。

四 請求人の自白等に関する所論について
1 捜査記録について
 弁護人は、「静岡県警察本部刑事部捜査一課、同鑑識課作成の捜査記録によると、県警は、
鑑定を絶対に成功させるとの決意のもとに請求人のパジャマの血液鑑定や油質鑑定を行な
ったことが認められるから、右鑑定が誤っているこ
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と及び誤った鑑定を前提にして不当な自白強要が行われたことが明らかである」旨主張す
るが、右捜査記録から、請求人のパジャマに関する鑑定の結果が謝っていることが明らか
になったとみることはできず、弁護人の主張は採用できない。

2 浜田鑑定書について
 浜田鑑定書の内容は、「請求人の自白調書四五通を分析したところ、その中にみられる請
求人の供述の変遷は、真犯人の嘘がばれていく過程としては理解できず、無実の被疑者が
捜査側の示唆・追求に基づいて供述を変遷したものと理解しうるし、また、請求人の右各
供述調書中には、
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請求人が本件犯行事実を知らないことを暴露する供述(「無知の暴露」とする)がみられる
こと等から、請求人の自白は、単に信用できないというにとどまらず、かえって積極的に
無実者の自白であることを証明する」等というものである。
 本鑑定人は、「嘘には理由がある」等とする鑑定人のいう「嘘の理論」なるものをもとに
して請求人の自白を分析した結果、請求人の自白調書中の供述の変遷ないし嘘には理由が
なく、犯行事実を知っている真犯人の嘘とは考えられない等と結論するのであるが、結局
のところ、本鑑定書の内容は、本鑑定人からみると、請求人の自白中の供述の
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変遷ないし嘘が、真実を知っている真犯人の供述の変遷ないし嘘としては理解しえないと
いうものにすぎない(例えば、請求人が当初、本件犯行の動機として、「情交関係のあった
ちえ子から放火を頼まれたことが発端である」旨述べていたところ、その後、「右供述は、
自分をかばうためにした嘘であって、本当はアパートを借りるために必要な金欲しさの犯
行である」と訂正している点について、本鑑定人は、「犯行動機を金欲しさの犯行であると
した方が、勤務先の妻との情交関係を認めるよりも世間からの非難が少ないから、請求人
の当初の供述は、真犯人が自分の立場をよくするためにした嘘とは考えられない」として
いる。
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しかしながら、犯行の動機として、ちえ子から頼まれて放火を企てたとするほうが、金欲
しさに自分一人の考えで犯行を企てたとするよりも犯情が軽いと考えるのが普通であるか
ら、請求人の当初の供述を、真犯人が自分の立場をよくするためにした嘘と考えることに
矛盾はなく、本鑑定人のこの点に関する意見は受け入れがたい)。
 また、本鑑定人が「無知の暴露」というところのものも、結局は、請求人の自白調書中、
事実と食い違っている供述を取り出し、これを真犯人の嘘と解すると、本鑑定人にとって
理解しえないというものにすぎない。
 その他、本鑑定人がるる述べる内容は、つまるところ、
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請求人の供述調書やその周辺の証拠に対する評価や意見にとどまるものと解されるから、
本鑑定書は、確定判決の認定を覆すに足りる明白な証拠とはいえない。

五 混合油に関する所論について
 弁護人は、新たに提出する「中沢教授からの聴き取り報告書」によれば、被害者らの着
衣等に付着した油と工場内にあった混合油との同一性及びパジャマに混合油が付着してい
たかの争点についての控訴審の認定が誤りであることが明白となると主張するが、右「聴
き取り報告書」は、控訴審で取り調べられた中沢鑑定書(確定記録第二五分冊一丁以下)
及び同人の公判廷における供述(同第二四分冊一一八九丁以下)
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と実質的のその内容を異にするものではないと解されるから、これを新たな証拠とみるこ
とはできない。

六 松下文子に対する金の預け渡しに関する所論について
 弁護人が提出する木下鑑定書は、「第一審判決が挙示する岩崎鑑定、長野・市川鑑定及び
遊佐鑑定の鑑定結果はいずれも誤りであり、本件封筒・便箋の文字は、松下文子の書いた
文字と九九.九パーセント以上の確率をもって同一筆跡とは認められない」とするもので
あるが、そのいうところは、「わが国における二通の硬筆による手書き文書の筆跡鑑定にお
いては、二通が『同一筆跡である』との論証は原則的に不可能であり、二通が『同一筆跡
でない』との実証が可能とな
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る場合は存在するということが筆跡鑑定の根本原理であり、本件封筒・便箋中の文書と松
下文子が昔勤めていたときに書いた注文控えノート等に書かれた文書の中から『ツ』の文
字を取り上げ、『ツ』の第二画の延長戦と第三画との交点をMとし、第三画のMより上の
線の長さをα、第三画の全体の長さをβとして検討すると、両文書の『ツ』の字のαとβ
の比率は明瞭に異なっており、これを近代統計学における仮説検定論に基づいて検証する
と、九九.九パーセント以上の確率をもって同一筆跡でないと言明できる」とするもので
ある。
 しかし、本鑑定書にいうαとβの比率は、第二画と第三画を続けて書いたり、第三画を
長く書いたりすることにより、
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著しい差異が生じてくるものであるが、これらの点は、同一人が書いたものであっても、
書いた時期や急いで書いたか否か等により相当程度異なる場合があることは経験則上明ら
かであるうえ、こうした「ツ」の文字の第三画の線上のαとβの比率のみを根拠とし、そ
の余の点については全く考察を加えることなく、「本件封筒及び便箋の文書が松下により書
かれたものでないことを決定的に言明できる」とする本鑑定書の結論はとうてい受け入れ
ることができない。
 (また、弁護人が提出する小学一年国語学習指導書中に「高学年になってもシとツの書
き方の区別のつかない子供が見られる」との記載があるからといって、前記岩崎鑑定、
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長野・市川鑑定及び遊佐鑑定に基づき、「本件封筒の差出人が松下であると断定することは
ちゅうちょされるが、かなりの疑いが強いことは認められる」とした控訴審判決の判断に
いささかも影響をあたえるものでないことは当然である)

七 請求人の人格に関する所論について
 弁護人は、「新たに提出する請求人作成の日記・書簡の抜粋集によると、請求人の善人格、
行動証拠としての否認の一貫性は明らかであり、これらのいわゆる人格証拠によって請求
人の無罪を立証する」旨主張するが、これらの点は、請求人と本件犯行との結びつきにつ
いての判断を左右する意味を持つものではなく、右の証拠は確定判決の判断を覆す明白な
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証拠とみることはできない。

八 ゴム草履に関する所論について
 弁護人は、「請求人のゴム草履には血痕の付着がないから、請求人が犯人でないことが明
らかである」と主張するが、弁護人が新たな証拠として提出するものは、結局のところ、
既に証拠物として取調べ済みのゴム草履(昭和四一年押第一五五号の一一二.第一審第二
九回公判において、検察官から、請求人のゴム草履の存在を立証趣旨として、また、弁護
人から、血痕・混合油の付着していないことを立証趣旨として、それぞれ取調べ請求がな
され、証拠として採用されている)を新たに写真撮影したもの及びそれを見分した状態を
報告し
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たものにすぎないから、このような証拠を新たな証拠とみることはできない。

九 請求人の右手甲に傷が存在しないとの所論について
 弁護人は、「請求人は九月九日付け検察官調書で『右拳骨で専務(藤雄)の顎のあたりを
一発殴りました云々』と述べているが、そのような場合、右手甲は腫れあがったり、あざ
ができるはずであるところ、そのころ請求人の右手甲には傷がなかったから、請求人の右
自白は信用性がなく、同人の自白に依拠した確定判決は効力を失う」旨主張するが、請求
人の九月九日付け検察官調書に対する評価はすでに説示したとおりであり、また、請求人
の右手甲に傷がなければ、請求人
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が拳骨で藤雄を殴っていないことが明らかであるとの弁護人の主張もとうてい首肯するこ
とができないから、この点に関して弁護人が提出する各証拠を確定判決の判断を覆す明白
な証拠とみることはできない。

一〇 請求人の右上腕部の創傷が存在しないとの所論について
 弁護人は、「請求人の右上腕部の創傷は、本件発生当日には存在しておらず、昭和四一年
七月四日以降に生じたものである」と主張するが、この傷については、請求人自身が公判
廷において、事件当日の消化作業中、屋根から落ちてできた傷と思う旨供述していて(第
一審第二九回公判確定記録第八分冊二八六一丁ないし二八六四丁等)、事件当日より後に
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受傷したとは供述していないのであって、弁護人が提出する請求人作成の日記・書簡の抜
粋集中に「請求人には衣類の損傷に相応する傷跡がない」とする記載があるからといって、
これを確定判決の判断を覆すに足りる明白な証拠とみることはできない。

第四 結論
 以上のとおりであるから、原判決の証拠となった証拠書類が偽造されたものであるとの
弁護人の主張は失当であり、原判決の証拠となった証言が虚偽であるとの主張については、
確定判決に代わる証明があったと認めることができない。また、弁護人が提出した各証拠
は、新たな証拠と認めることができないか、
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あるいは、これを確定記録中の既存の証拠と総合評価して検討してみても、確定判決にお
ける事実認定につき、合理的な疑いを抱かせ、これを覆すに足りる蓋然性のある証拠とは
認められない。
 よって、本件再審の請求は、理由がないので、刑事訴訟法四四七条一項によりこれを棄
却することとし、主文のとおり決定する。

平成六年八月八日
静岡地方裁判所刑事第一部

裁判長裁判官 鈴木勝利
   裁判官 伊東一廣
   裁判官 内山梨枝子